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ドイツサッカー協会とプロコーチ連盟によるW杯分析! 中野吉之伴(DFB公認A級ライセンス)

2014年7月13日、ブラジルの地で世界一への登頂に成功したのはドイツだった。決勝戦でアルゼンチンとの死闘に勝利し、24年ぶり4度目となる優勝を果たした。欧州勢として初めて南米の地で優勝という偉業を成し遂げたドイツの強さを探ろうと、大会直後には秘密に迫るという記事が多く見られていたと思われる。

「トレンド」というのにはどこか魅力的な響きがあるし、確かに世界を手にしたチームには他にはない秘密が隠されていると思いたくなる。それを解明して取り組めば自分たちもたどり着けるのではないかと信じたくなる。日本ではこれまでにも「ポゼッション」、「自主性を重んじる」、「考える」、「連動」、「自分たちの」と、様々な飾り言葉をつけてきた。でもそうした飾るべき言葉だけを問題にすべきなのだろうか。

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そこでDFB(ドイツサッカー協会)とBDFL(ドイツプロコーチ連盟)共催の国際コーチ会議で発表されたDFBテクニカルチームによるW杯分析を紹介し、今後に向けたヒントを探ってみたいと思う。(取材・文/中野吉之伴 photo by woodleywonderworks

■自分たちの強み+国際的なトレンド=将来への方向性

DFB専任指導者で、今大会のテクニカルチームチーフであるベルント・シュトゥーバーは最初に分析の目的と意図を明らかにした。「何のために分析をするかをはっきりとさせなければならない。世界のサッカーはどこへ向かっているのかという国際レベルでのトレンドを知ること、そして自分たちの現在位置を把握し、そこと比較することで改善点を見つけ出していくためだ。自分たちの長所を活かせる形で、将来に向けての方向を見出していく。そしてその情報は、フル代表や世代別代表チームだけではなく、タレント育成、指導者育成、そして底辺層に至るまでのクラブに行き渡るように対応していくことが重要となる」と強調していた。分析をしたことで終わってはなんにもならない。あたりまえのことだが、それを生かして次につなげていくことが大切だ。

今大会でドイツが優勝した一番の要因として長期的に取り組んだタレント育成プロジェクトが挙げられている。しかしプロジェクトを長期的に行えば全てがうまくいくというわけではない。そしてドイツでうまくいったことをそのままコピーしてもうまくいくとは限らない。サッカーというスポーツをするために必要な最も基本となるベースを徹底的に身につけた上で、自分たちはどんなサッカーが得意かを知ることが大切。それに加えて国際舞台で勝てるようになるためには、どんなサッカーを目指すのかというビジョンをはっきりさせることが必要だろう。

また一度決めたからとビジョンやコンセプトに固執し続けるのではなく、節目ごとに詳細に分析し、柔軟に修正していくことも求められる。できなかったことばかりを反省するのではなく、できたことを収穫として武器にしていくことも大事な要素になる。つまり、いつも0からやり直すのではなく、経験を足し算して身につけていけるかが重要なポイントになる。そしてそれは代表チームだけに当てはまることではなく、育成層から根気強く取り組まなければならないことだろう。

■4強の分析

今回の分析では特にドイツ、アルゼンチン、オランダ、ブラジルの4チームが重点的に行われた。その理由についてシュトゥーバーは「大会全体で見られた様々な特徴や傾向が最も色濃く出てくるのがこの4強だ」と語っていた。確かに、「ネイマール」依存が色濃く見られたブラジル、「システムチェンジ」をうまく使いこなしたオランダ、「専守防衛」による手堅い守備ブロックが武器だったアルゼンチン、そして「総合力」で他チームを上回ったドイツ、と異なる方向性と特徴豊かな4チームが残った。ちなみにグループリーグについてはシュトゥーバーは「過去の大会を振り返ってみても、そこで負けていった国からは残念ながら、今後世界のトレンドとなるような戦い方が見られるようなことはない」と分析の対象になっていないことを明かした。やはり世界の強豪の1つとして認められるためには、まずは決勝トーナメント進出という壁を乗り越え続けなければならない。

■経験の積み重ねが力になったドイツ

 優勝したドイツには他にはない総合力とその完成度があった。今大会でヨアヒム・レーフ代表監督が求めたサッカーについて、プロコーチライセンス指導教官のフランク・ヴォルムートは「ドイツが目指したのはバルセロナサッカーの継承かもしれない。しかしより目的への意識が高いパスサッカーだったといえる。パスを回すだけではなく、常に縦への意識を忘れずに、シュートに持ちこむことを目的とした」と説明したが、そのイメージは04年クリンスマン体制がスタートしたころから見られていたものだった。かつてのドイツは、1対1の強さを生かしたマンマーク守備で相手を抑えこみ、単純にサイドに展開してゴリ押しのドリブル勝負からクロスかセットプレーをもぎ取り、そこから粘り強く得点を狙うというやり方を武器としていた。しかし他国の研究が進み、チーム戦術がどんどん緻密化していくと、次第に通用しなくなってしまった。猛然と突き進む闘牛とそれをひらりとかわす闘牛士の図式に似ている。ドイツには大幅な思考転換が必要だった。クリンスマンと当時アシスタントコーチだったレーフは、1人あたりのボール保持時間を短縮し、パススピードを上げ、攻守ともにコレクティブでクリエイティブな動きをベースとした戦いへとシフトチェンジすることを目指した。

すべてがすぐにうまくいったわけではない。06年母国開催のW杯では3位に入ったが、完成度や洗練さは他の強豪国を凌駕するほどではなかった。レーフ政権となったその後も、欧州選手権やW杯でいいところまで勝ち残りながら、なかなか優勝まで手が届かない。それでも経験はしっかりと足し算され、選手のメモリーに蓄積されていた。蓄え続けたものは必要なときに引き出せなければ意味が無い。いつどこで何をすべきかという判断を最適化するプレーインテリジェンスを身につけ、判断したプレーを実践するための身体の使い方と技術アップに取り組み続けた。そして掲げた目標を成し遂げられなくても、方向を微調整しながら進み続ける勇気と自信と根気。言葉にすれば簡単だが、誰にでもできることではない。

11年に女子W杯でなでしこが優勝を果たした時に、当時のBDFL会長ホルスト・ツィングラフは「今回の日本女子の優勝から、サッカーにおいて最も大切なことを思い出させてくれた。自分たちを信じ、最後の最後まで諦めないということだ」と同年の国際コーチ会議で言葉をかみしめていたことが思い出される。なんとしても成し遂げたい大きな夢のために諦めずに追い続けた彼らの戦いを、「長期的なタレント育成プロジェクトによる論理的な帰結」と安易にまとめることはできない。彼らの歩んだ道から学べることは計り知れないほどたくさんある。

後編>>

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中野吉之伴
秋田県出身。1977年7月27日生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU16監督、翌年にはU16/U18総監督を務める。2013/14シーズンはドイツU19・3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、練習全般の指揮を執る。底辺層に至るまで充実したドイツサッカー環境を、どう日本の現場に還元すべきかをテーマにしている。

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