09.04.2014
自分で考えて、判断ができる選手を育てたい 新井健二(Fly High SOCCER SCHOOL代表)×幸野健一 対談(後編)
幸野:新井さんはシンガポールとインドでプレーをして、2013年に引退しましたが、引退後のイメージはあったんですか?
新井:将来的にはトップチームの監督になりたいという夢がありまして、そのために最初は下のカテゴリーのコーチをやろうと思いました。コーチを募集しているチームに面接に行ったのですが、条件的に合うものがなくて、どうしようかと思っていたときに、株式会社WASEの池田俊輔さんや株式会社ステータスの松木圭一さんと出会って、サッカースクールを立ち上げることができました。もしおふたりに出会ってなかったら、いま何をしていたのか。ここまでサポートしてくれる人がいるんだというのが、素直な気持ちです。
幸野:僕もサッカーコンサルタントをする中で色々な選手に相談されますし、自分の息子(幸野志有人・ジェフ千葉)にも言っているんですけど、サッカー選手はプロになった瞬間から、引退後のキャリアをどうするか、頭の片隅でもいいからイメージを持っておかないといけない職業ですよね。若いときはそんなことは考えないかもしれないけど、あっという間にキャリアを終える時がくるわけです。平均引退年齢が26歳なので、サラリーマンの何倍も早く動かないといけない。でもそれは、多くの選手が引退してから感じることで、現役のときはなかなか準備することができません。だからこそ育成年代の指導者は、プロになろうという選手に対して、サッカー以外のこともしっかりやらなければいけないことを伝える必要があると思っています。新井さん自身、指導者として、子どもたちに何を伝えたいと思っていますか?
新井:第一に、まずはサッカーの楽しさを伝えたいですね。引退した後に各地の少年団を見て回ったのですが、そこで心が痛む場面をたくさん見てきました。
幸野:何を言いたいかはわかります。たとえば、指導者が子どもに対して暴言を吐くこと、いわゆる言葉の暴力ですよね。
新井:そうです。なぜ楽しいサッカーの現場でそういうことが起こるのだろうと。暴言を吐くコーチの近くに寄って聞いてみると、2つのことがわかりました。1つが、監督自身の伝えるスキルの低さ。もう1つがサッカーを知らないこと。自分が持っている感覚だけで教えてしまっているんですね。子どもの立場になってみたら、監督の言うことが本当に合っているのか。疑問に思うことがあるんじゃないかと思うんです。でも、子どもにとっては、監督の言うことは絶対じゃないですか。そこで、従う、従わないというレベルで教えてしまっているので、大人が上から押さえつけるように指導をしている。そのようなチームがほとんどでした。そして教えている内容がサッカーとして正しいことなのか、そこにも疑問を持ちました。
幸野:指導者の中には、自分が受けていた前時代的な指導を、いまの子どもたちにしてしまっている現状があります。本来、指導者は学び続けなければいけないのに、進歩が止まってしまった人があまりにも多いですよね。子どもに対して押し付ける指導をし、ロボットのように扱っている指導者もたくさんいます。結果として、サッカーが本来持っている自由さ、創造性からかけ離れてしまうわけです。サッカーはひとたびピッチに入れば、選手自身が自分で考えて決断して、行動しなければいけないスポーツなのにも関わらず、指導者が正反対の子どもにしてしまうんです。
新井:そのような教え方をされると、子どもにとっても、サッカーが楽しくないものになってしまいますよね。
幸野:本来、サッカーをする上で一番大事な"楽しさ"がなくて、子どもたちは何のためにサッカーをしているのだろうと、見ているだけで辛くなるチームはたくさんありますよね。
新井:原因のひとつとして、指導者が勉強する場が少ないこともあると思います。サッカー協会に提案したいのは、各クラブに知識を持った指導者を派遣して、子どもたちへの接し方や伝え方の指導を定期的にするべきだと思うんですよ。
幸野:いま日本ではジュニアチームを指導する上で、C級ライセンスを持っている人が最低1人は必要で、その人は定期的に講習会に行っているはずなんですけど、実際に指導現場を見ていると、新井さんが言ったような現状があります。何かアクションを起こさないと状況は変わらないですね。
新井:僕自身、各地の少年サッカーの指導現場を見てきて、このままでは日本の将来にとっても良くないことだと思いました。子どもの自立を考えず、押さえつける指導をしていたら成長できないですし、自分からアクションを起こすことや、発言しようとも思わなくなります。自分で考えて、物事を判断できる人間に育つにはどうすればいいか。僕のスクールでは、そこをポイントに指導をしています。
幸野:まさにその通りで、僕自身もそう思ってアーセナル市川SSをやっています。いくら現状を嘆いても変わらない。だったら自分でやるしかないなと。この指導方針、スタイルで結果を出して、初めて世の中に認められると思います。新井さんはスクールを立ち上げて10ヶ月経ちましたが、手応えはいかがですか。
新井:最近は、僕が子供達にアドバイスをする前に「いまのはこうでしたよね」と子どもたちの方から出てくるようになりました。それは大きな一歩だと思います。「コーチ、いまのはこうだったから、こうしたほうがいいよね?」と自分の意見を言うようになってきたんです。練習メニューにしても、時々、子どもたちに「自由に考えていいよ」というと、「今日はボクが作りたい」という子もいます。
幸野:スクールでは、コミュニケーションスキルも重視して教えているそうですね。
新井:僕自身、海外で長くプレーをして感じたのが、サッカーはコミュニケーションスポーツだということです。たとえば、自分はこういうプレーがしたいという意思表示から始まって、試合中にプレーの要求をしたり、「後ろから敵が来ているぞ!」と教えることもコミュニケーションです。言葉のキャッチボールというか、自分の気持ちを伝えること、相手の言いたいことを理解することを、9歳、10歳のころから積極的に取り入れることで、上の年代に行ったときにもっと上手くなると思っています。
幸野:まさにそこが日本において足りない部分で、学校でも相変わらず上意下達式の教え方をして、ディベートする機会がほとんどありません。コミュニケーションスキルはサッカーにも必要ですが、同時に社会に出てから必要なスキルでもあるわけです。JFAアカデミー福島では言語教育をやっています。僕の息子も授業を受けましたが、効果はあると感じています。今後の人生を考えるとコミュニケーションスキルの習得は、サッカーの技術習得よりも、はるかに大切なことですよね。僕自身、日本の小中学校で言語教育をするべきだと思っています。サッカー界が先にやって、効果があることを世の中に示していかないと変わらないのかなと。自分の考えを相手に伝える能力は、社会に出てビジネスをする上でも必要なものですよね。
新井:本当にそうですね。
幸野:新井さんのように、子どものためになる指導とはどういうことか、プレイヤーズファーストの視点で指導をする人が増えてくれば、日本のサッカーも変わると思います。海外で10年プレーした選手は貴重で、日本サッカーにとっても大きな財産です。この経験を還元してほしいと強く思います。
新井:がんばります。ありがとうございました。
【プロフィール】
新井健二(あらい けんじ)
Fly High SOCCER SCHOOL代表
現役時代はDFとして、アルビレックス新潟やシンガポール、タイでプレー。
2008年にはSAFFCの一員としてACLに出場。SAFFCの国内リーグ4連覇に貢献した。
AFCカップでゴールを決めた最初の日本人でもある。
2013年に引退後、指導者の道へ進む。
取材・文 鈴木智之 写真 鈴木智之