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GKを指導するために抑えておきたい「7つの原則」(前編)――松本山雅アカデミーGKコーチ、川原元樹インタビュー

ゴールを守る最後の砦。それがGKだ。ブラジルW杯ではノイアーを始め、多くのGKが活躍し、改めてこのポジションの重要性が浮き彫りになった。しかし日本の現状を見ると、GKを教えられる専門的な知識を持った指導者は少なく、まだまだ伸びしろがあるポジションでもある。そこで今回は、GK大国ドイツ・ブンデスリーガのアカデミーでGKの指導を学び、現在は松本山雅のアカデミーでGKコーチを務める川原元樹氏に『ジュニア年代のGKをする際のポイント』を訊いた。(取材・文 鈴木智之)

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Photo by MSC Academy U12 Green

GKに絶対的に重要な身体の使い方

――今回はジュニア年代のGK指導について、伺いたいと思います。川原さんは、何歳からGKのトレーニングを始めたほうがいいと考えていますか?

現在、世界でプロとして活躍しているGKを見ると、8歳の頃からGKとしてプレーしている選手もいれば、14歳まではフィールドプレイヤーで、15歳からGKを始めた選手もいます。そのため一概にこの年齢で始めれば、プロとして活躍できるというのはありません。私がGKの勉強をしていたドイツの現状を見ると、ブンデスリーガのアカデミーに所属する多くの選手が、ジュニア年代からGKとしてプレーしています。そう考えると、年代に合ったトレーニングを受けることができれば、8歳などの低年齢から始めても良いと思います。ジュニア年代にGKトレーニングを受けることがプラスに働く点としては、プレゴールデンエイジやゴールデンエイジの時期に、GKの専門的な動作を習得することが出来る点です。この時期を逃すと、後での習得は少しずつ難しくなってきます。また、この年代でGKのメンタリティーを学ぶことも重要だと思います。

――GKの動作は、走る、蹴る、跳ぶ、手を使うなど、多岐に渡ります。GKを始めた頃の選手にとって、大切なのはどのようなことでしょうか?

まず絶対的に重要なのは、身体の使い方です。自分でイメージした動作を、実際に行動に移す能力。これが、技術を発揮するときのベースになります。この能力が欠けていると、将来的にはどこかに欠点を持つGKになってしまいます。GKのプレーは、ポジションをとる→準備をする→バランスをとる→構える→初動(アクション)という流れになります。私が指導をするときに注意しているのは「デモンストレーションに頼り過ぎないこと」です。GKコーチがデモンストレーションをすると、イメージはつかみやすいかもしれませんが、その選手の身体的な感覚に訴えることは難しいと思います。身体感覚の良い子は、デモンストレーションを見てすぐに真似をすることができるのですが、大多数の子はできない現状があります。選手にプレーをわかりやすく伝えるためには、動作の説明を細かく言語化することが必要だと思います。

――具体的に、どのように言語化するのでしょうか?

基礎技術のひとつである『オーバーハンドキャッチ』を例にあげると、足の運び方や手の出し方、足のどこに体重をかけるのか、上半身の力の入れ方など、細かく言葉で伝えます。そして、うまく身体を動かせたときに、「いまのいいね!」「それだよ!」とほめます。そうすると、選手は「こうやって体を動かせばいいんだ」と、頭と身体で理解することができます。細かく言い過ぎると混乱してしまうので、ポイントを絞って伝えます。私が意識しているのが、選手自身が「この動きをすればいいんだ」と感じる瞬間を、練習の中でつかませることです。

GKの7つの原則

――川原さんはドイツや日本において、GKの育成、指導の現場で様々な経験を積まれていますが、GKのプレーをどのように定義していますか?

松本山雅のアカデミーの選手には『山雅スタイル』という年代別の指導指針を作り、この年齢までに、この技術を習得したいという目標を設定します。そこではGKのプレーの原則を7つにわけて、選手たちに伝えています。これは私がドイツにいた時に知り合い、影響を受けた、レッドブル・ザルツブルグのGK部門の統括をしているHans Leitert(ハンス・ライタート)が記した『die kunst des torwartspiels oder die sieben prinzipien der meister (GKの芸術、熟練者の7つの原則)』の内容が基になっています。

■GKの7つの原則
(1)最適なポジションと距離
(2)バランス
(3)タイミングの良い準備
(4)正しい初動
(5)速く、アクティブにボールに向かう
(6)恐怖心をなくす
(7)冷静な思考力

――ひとつずつ教えて下さい。(1)の『最適なポジションと距離』とは、どのようなことでしょうか?

ポジションと距離は、GKにとって重要な項目のひとつです。良いポジションをとっていれば、相手はシュートを打ちにくいと感じます。ブラジルW杯の決勝戦で、メッシとノイアーの1対1の場面を思い出してみてください。メッシのシュートはわずかにゴールを外れましたが、それはノイアーのポジショニングが良かったからです。メッシからすれば、シュートコースがなかったのではないでしょうか。GKにとって大切なのは、ボール保持者に対する最適なポジションと距離をみつけることだと考えています。

――最適なポジションとは、どのような立ち位置ですか?

GKのポジションは、ボールの位置、ボール保持者、味方DFの状況によって変わります。ジュニア年代で最初に教えるのは「ゴールの中心とボールを結んだ線上に立つこと」です。他にも、線上から少し外れて立つケースもあるのですが、ジュニアの導入段階としては、まずは「ボールとゴールの中心を結んだ線上に立つこと」から始めるのが良いと思います。

――7つの原則の(2)『バランス』とは、どのようなことでしょうか?

失点シーンで見られるのが、どちらかの足にバランスが偏った状態で構えてしまい、逆サイドにシュートを打たれる場面です。重心が左右に偏らないように、良いバランスで立つようにします。ブラジルW杯のシーンを例に出すと、決勝戦でのゲッツェのゴールに対する、ロメロの対応が挙げられると思います。もし、ロメロがバランスよく立っていれば、あの決勝ゴールは防げたかもしれません。 GKは走る、跳ぶ、蹴る、倒れる、起き上がるなど、多くの動作が求められるポジションです。その動作を無駄なくスタートをするためには、相手の状況に影響されずにバランスよく立つ能力が求められます。そのためには全般的なコーディネーション能力が重要で、それは年齢が低ければ低いほど、身に付けることが容易になります。コーディネーションのトレーニングとしては、マット運動やボール遊び、バランスパッドを使ったり、片足ジャンプなどを行います。

――たしかに、GKはフィールドプレイヤー以上にコーディネーション能力が求められますね。シュートをセーブした後に倒れて、すぐに起き上がって次のプレーに移るといった動作は、GKならではかもしれません。

そうですね。とくに起き上がり方は重要です。スムーズに起き上がることができると、次のプレーに移りやすくなります。GKは倒れたら倒れたままというわけではなく、起き上がる動きとがセットになるので、倒れ方と起き上がり方を同じぐらいトレーニングすることが大切だと思います。

――7つの原則の(3)『タイミングの良い準備』とは、どのようなものでしょうか?

プレーの前提として、相手がシュートを打ってきたときに、素早く的確に対応するための準備が必要になります。相手がシュートを打つ直前に立つべきポジションに移動し、右足を出すときはどれぐらい身体を沈ませるのか、どうやってタイミングを取るのかなど準備をします。考えて動いていてはシュートのスピードに間に合わないので、トレーニングで繰り返すことで無意識にできるようにします。そして、ジャンプやフロントダイビング、キャッチングなどのプレーの実行をします。すべてのプレーを実行する直前の動き、それが準備です。

川原氏によると「ジュニア年代の導入期において、意識すべきことは3段階に分けられる」という。ステップAが(1)最適なポジションと距離、(2)バランス、(3)タイミングの良い準備。ステップBは(4)正しい初動、(5)速く、アクティブにボールに向かうこと。そしてステップCが(6)恐怖心をなくす、(7)冷静な思考力といったメンタル面だ。後編ではステップBとCについて、お届けする。

後編>>

川原元樹(かわはら・もとき)
大学卒業後ドイツに渡り、ケルン体育大学に通いながら、GKとして6部リーグでプレー。指導者転向後は、GKコーチとして名高いトーマス・シュリーク氏のもと、アルミニア・ビーレフェルトで育成からトップまで指導を行う。ハノーファー96ではU17のGKコーチ、酒井宏樹の通訳としてトップチームに帯同。VFBシュツットガルト、バイヤー・レバークーゼン、TSGホッフェンハイム、シャルケなどの育成チームで研修を積んだ後、2013年より松本山雅FCアカデミーのGKコーチに就任。ケルン体育大学の卒論のテーマは「ブンデスリーガ・アカデミーのGK練習の考察」。