09.18.2014
GKを指導するために抑えておきたい「7つの原則」(後編)――松本山雅アカデミーGKコーチ、川原元樹氏インタビュー
ゴールを守る最後の砦。それがGKだ。ブラジルW杯ではノイアーを始め、多くのGKが活躍し、改めてこのポジションの重要性が浮き彫りになった。しかし、日本の現状を見ると、GKを教えられる専門的な知識を持った指導者は少なく、まだまだ伸びしろがあるポジションでもある。そこ今回は、GK大国ドイツ・ブンデスリーガのアカデミーでGKの指導を学び、現在は松本山雅のアカデミーでGKコーチを務める川原元樹氏に『ジュニア年代のGKをする際のポイント』を訊いた。後編はボールに反応するときの初動や、GKのメンタル面を中心にお届けする。(取材・文/鈴木智之 photo by Tim Wilson)
――インタビューの前編では、GK指導に必要な7つの原則のうち、(1)最適なポジションと距離、(2)バランス、(3)タイミングの良い準備について伺いました。
『7つの原則』
(1)最適なポジションと距離
(2)バランス
(3)タイミングの良い準備
(4)正しい初動
(5)速く、アクティブにボールに向かう
(6)恐怖心をなくす
(7)冷静な思考力
『die kunst des torwartspiels oder die sieben prinzipien der meister (GKの芸術、熟練者の7つの原則)』Hans Leitert(ハンス・ライタート著)より引用
(1)~(3)までがステップAになります。ステップBの(4)正しい初動、(5)速くアクティブにボールに向かうことは、プレーの実行部分です。初動について、私は選手たちに『正しい足から始めよう』と言っています。左右のどちらかにジャンプをして、ボールをキャッチするプレーを例にあげると、人によっては「右側が跳びやすい」「左側は跳びやすいけど、右側は苦手」など、得意、不得意があると思います。そこで、なぜ苦手なのかを分析すると、理由があるんですね。たとえば、得意な方は足の幅が適切に開いており、不得意な方は狭くなっていたり。そのあたりを見て修正し、動作を繰り返していくと、回数をこなすにつれて左右同じようにできるようになります。
――7つの原則の(5)『速くアクティブにボールに向かう』はどういったことでしょうか?
1対1の守備を例に挙げると、相手のボールを奪うために、身体全体を使って最短距離でボールに向かうことです。こういった技術のトレーニングをするときには、振り返ることが重要です。試合や練習の映像をビデオで撮り、選手と一緒に見ながら話をし、ポイントを説明すると、次からは意識が向くようになっていきます。失点した後やプレーがうまくいかなかった後に、いまのは何が良くなかったのか、振り返ることは、ぜひやってほしいと思います。たとえば、シュートに対して最短距離でボールに向かえなかったのであれば、準備ができていなかったのか、初動ができなかったのかといった形で振り返り、どうすればその動作を改善できるのかを考えます。GKのプレーは準備からプレーの実行まで、すべてがつながっているんです。
――最短距離でボールに向かうと、恐怖心が出てしまう選手もいると思いますが、そのときはどのような指導をするのでしょうか?
実を言うと、怖がって中途半端な手の出し方や足の出し方をするほうが、ケガをしやすいんですね。全身の力を使ってボールにしっかりアタックすると、フィールドプレイヤーよりもGKのほうが強いんです。フロントダイビングにしても、手を蹴られることはほとんどありません。『ボールに向かっていったほうが、怖くないんだ』という経験を積み重ねることで、恐怖心も徐々に薄れていきます。私がジュニア年代の選手に言っているのは「まずはやってみよう」と。そこで「いまの感じでいけば大丈夫」と言ってあげると、できるようになっていきます。また、こういう時に良いデモンストレーションを行うことも、恐怖心を失くす助けになると思います。
――成功体験を積み重ね、正しい技術を身に付ければ大丈夫だということですね。7つの原則(7)の『冷静な思考力』とは、どのようなものでしょうか?
失点やファウルをしてしまったことなど、ネガティブなことであっても、過ぎ去ったものとして受け入れて、次のプレーに集中することです。これは経験も必要になるので、ジュニア年代の選手には難しいかもしれません。ですが、指導者が積極的に対話をしてコミュニケーションをとることで、選手の思考を変える手助けをしてあげてほしいと思います。
――ジュニア年代において、トレーニングをするべきポイントはどのあたりでしょうか?
私は、先ほどご紹介したハンス・ライタート の『GKの7つの原則』をベースに、コーディネーション全般と自陣におけるディストリビューション(味方へのパス)を中心に指導しています。ディストリビューションについては、左右のオーバーハンドスロー、アンダーハンドスロー。足でのトラップやコントロール、色々な種類のキックを指導しています。クロスボールの対応やゴールギリギリのボールに対するダイビング、パンチング、スルーパスへの対応などは、もう少し上の年代になったときに指導をします。ジュニア年代はGKの導入期ですし、頭と身体も発達の途中です。そこで、経験を活かせなければならない瞬時の判断やフィジカル的な要素が多く含まれたトレーニングをしても、あまり意味がないと思っています。
――それよりも、GKの動きのベース作りが大切な時期なんですね。
そう思います。ドイツにいたときもU-12を指導している監督が「うちのGKはクロスボールに対して全然出ないんだ。クロスボールはGKが処理してほしいんだけど」と言っていたのですが、それはトップチームのGKを基準に考えているからなんですね。クロスボールの対処やペナルティエリアの外のプレーは、何よりも経験が必要なプレーです。GKの導入期である、U-12年代では非常に難しいので、クロスボールに対して選手に過剰な要求をすると、苦手意識が芽生えてしまうかもしれません。U-12年代では、クロスボールに対してはあまり細かく言わず、チャレンジしたら姿勢をほめて、適切なフィードバックを与える。私はそのようにアプローチをしています。ジュニア年代こそ、なにをどの時期に教えるかが重要です。私は常に「自分は選手を全力で分析しているか?」「選手がより成長するために、持っている知識のすべてを誠心誠意、伝えたか?」と自問自答し、一指導者として、育成年代の選手たちと向き合っていきたいと思います。
川原元樹(かわはら・もとき)
大学卒業後ドイツに渡り、ケルン体育大学に通いながら、GKとして6部リーグでプレー。指導者転向後は、GKコーチとして名高いトーマス・シュリーク氏のもと、アルミニア・ビーレフェルトで育成からトップまで指導を行う。ハノーファー96ではU17のGKコーチ、酒井宏樹の通訳としてトップチームに帯同。VFBシュツットガルト、バイヤー・レバークーゼン、TSGホッフェンハイム、シャルケなどの育成チームで研修を積んだ後、2013年より松本山雅FCアカデミーのGKコーチに就任。ケルン体育大学の卒論のテーマは「ブンデスリーガ・アカデミーのGK練習の考察」。
取材・文 鈴木智之 写真 photo by Tim Wilson