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「FC東京の子たちには、自立した選手になってほしい」中村忠(FC東京U-15むさし監督)×幸野健一 対談(後編)

COACH UNITED編集部です。サッカー・コンサルタントであり、アーセナル市川SS代表を務める幸野健一さんがゲストを迎えてお送りする対談シリーズ『幸野健一のフットボール研鑽(けんさん)』、今回のゲストは元日本代表MF・DFの中村忠さんです。

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中村さんは読売ユースからの生え抜き選手としてヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ)でプロ人生をスタートさせると、その後は浦和レッズ、京都パープルサンガ(京都サンガF.C.)でプレー。日本代表では国際Aマッチに16試合に出場した経歴を持っています。現在はFC東京U-15むさしの指導者をされている中村さんとの対談後編をお届けします。(構成/鈴木智之)

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幸野:アンダー世代の日本代表がアジア予選で敗退し、世界大会に出られない現状があります。中村さんは日本サッカーの育成年代の現状について、どう考えていますか?

中村:日本の選手の平均値は上がっていると思います。一昔前に比べれば、上手な選手はかなり増えてきて、全体のレベルは間違いなく上がっています。ただ、本当の意味で『戦いに行ける選手』がどのぐらいいるのか。そこは薄くなっているかもしれません。攻撃の面でも、最後の最後で体を張って、ゴール前に突っ込んでいく選手と、途中でやめてしまう選手とでは、大きな差がありますよね。守備の場面であれば、ファウルギリギリのプレーで止めることができる選手であったり。それは、日々のプレー環境の違いも大きいと思います。ヨーロッパや南米の選手と戦うときに、日本の選手がそこまでの気持ちを持てるかというと...。

幸野:それはサッカー界だけで解決できる問題ではないですよね。日本は電車に乗るときに過剰なアナウンスがあったり、コンビニが24時間営業していたりと、至れり尽くせりの社会で、なにも考えずに生活していても、それなりにやっていけるわけです。国の成熟という意味ではすばらしいことなんだけど、サッカーに関して言うと、そのような環境、メンタリティがマイナスに働くことが往々にしてあります。子どもたちも、自分で考えて行動することよりも、親や周りの大人にやってもらうのが当たり前の環境があるわけです。サッカーは主体性や自立心が必要なスポーツなのに、日本の環境ではそのような選手が育ちにくい現状があります。そこで、サッカーを通して、自立した選手を育てようと、僕も含め、多くの指導者が悩んでいます。もちろん、中村さんもそうだと思います。

中村:近年、自己主張の強い選手は減ってきていますよね。FC東京の子たちには、自立した選手になってほしいと思って接してはいます。

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幸野:僕らは学校組織ではないので、子どもたちと接することができるのは、練習の2時間程度です。その中で、サッカーの技術や戦術などを教えて、さらにはメンタリティまでを育むのは非常に難しいことだと思います。クラブとしては、保護者を啓蒙したりと、指導者がすべきことの範囲が広がってきていると感じます。

中村:サッカーに関しては、選手自身がその気になることが大切ですよね。指導者がやれと言って、形だけやらせるのは簡単なのですが、子どもたちが本気で「うまくなりたい」「プロになりたいんだ」という気持ちで取り組まないと、本当の意味では変わらないわけで。

幸野:そのスイッチがどこにあるかを探すのが、僕ら指導者の役割だと思います。

中村:社会のせいにしてはいけないのですが、ハングリーな選手が減ってきているのは事実ですよね。そこで、僕ら指導者がすべきことは、サッカーのグラウンドの中で、いかに子どもたちをハングリーにさせるかだと思います。

幸野:具体的に、ハングリーな気持ちを植え付けるために、考えていることはありますか?

中村:チーム内の競争を高めることは意識しています。たとえば、積極的に下級生を試合で使い、上級生に刺激を与えることもあります。

幸野:競争という観点で言うと、一度Jクラブに入ると、3年間は同じクラブでプレーすることになります。たとえレギュラーで試合に出られなくても、解雇されることはありません。いまは選手登録の問題で、頻繁に所属クラブを変えることができない現状があるわけですが、選手の成長や競争原理を考えると、日本もシステムを見直す時期に来ていると思います。一度、クラブに入ることができれば、3年間は安泰なわけです。南米やヨーロッパの強豪クラブは1年単位で選手が入れ替わります。毎日がチームメイトとの競争なわけで、その中で切磋琢磨して、勝ち残った選手が選ばれし者としてプロになれる。日本とは選別する環境や厳しさがあまりにも違うので、プロになった瞬間に差があるわけです。一方で、選手の移籍が自由なので、自分に合ったレベルのクラブに移籍して、より適切な環境で練習をし、試合を経験することができます。これが数年単位で積み重なると大きな差になると思うのですが、中村さんはどう考えていますか?

中村:それは感じますね。僕が中学生のとき、読売クラブ(現・東京ヴェルディ)には、サッカーを本気でやりたい奴らが来て、レベルに達していれば合格をもらえました。ですが、試合に出られない選手は自然と辞めていくんですよね。中1のときに20人いたのが、中3になると11人いなかったり。実力社会なので、下級生が試合に出ることもあります。そうすると、試合に出られない選手は辞めていくんです。ユースになると、各学年が7、8人しかいないこともありました。

幸野:意図しなくても、競争原理が機能していたんですね。

中村:僕自身、クラブの一員として、それはアリだなと感じた記憶があります。読売クラブを辞めて、中学校の部活でサッカーを続ける選手もいました。それはそれで、自分の意志で決めたことなので、そこでがんばればいいわけです。

幸野:そう思います。本来、選手は自分にふさわしい環境を選ぶことができてしかるべきですし、制度としても選手の気持ちを第一に考える『プレイヤーズファースト』であるべきです。チームのレベルに合わないのであれば、カテゴリーやランクを下げてでも、試合に出られる環境を探したほうがいいわけで。僕は日本サッカー全体の仕組みとして、そうなっていかなければいけないと思います。現状の制度は選手の成長から見ると、マイナスに働いていると思います。

中村:ただ、クラブの立場で言わせて頂くと、選手を1年間で入れ替えることは難しいのも事実です。ジュニアのクラブからいろいろな経緯で預かっている部分もありますし、保護者にしてみれば、卒業後の進路も気になります。そのケアも我々がしなければいけないと思いますし。

幸野:当然、そうですね。

中村:ただ、海外遠征や海外のチームと試合をしたときに、「このチームの◯番と◯番は試合に出ていないから、そのうち、違うクラブに行かなければいけなくなる。それぐらい厳しい環境で戦っているんだ」という話はしますね。僕もブラジルに留学していたことがあるのですが、1週間ごとに選手がいなくなって、新しい選手が入ってきていました。日本とは社会が違うので、どちらがいい悪いはないとは思うのですが、世界に出たら、そういう環境で日々戦っている選手たちと試合をして勝たなければいけないわけです。そこは、僕らがうまく伝えていく必要があると思っています。

幸野:日本のサッカーの環境や制度の面では、僕らだけではどうしようもない部分がある中で、ピッチの中でどれだけ最善を尽くして変えられるか。それが一番の課題なんでしょうね。ぜひ、中村さんの経験を未来のプロ選手に伝えていってほしいと思います。ありがとうございました。

【プロフィール】
中村忠(なかむら ただし)
FC東京U-15むさし監督。現役時代は日本代表としても活躍したMF・DFで、"ミニラ"の愛称で親しまれている。ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ)、浦和レッズ。京都パープルサンガ(京都サンガF.C.)でプレー。2004年の引退後、古巣東京ヴェルディで指導者の道を歩みはじめ、2012年にFC東京U-15むさし コーチに就任。昨年より現職。