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すべての指導者に必要なただ一つの問い/「サッカーのテクニックトレーニング」セミナーレポート(1)

8月上旬、かつてドイツ代表のテクニックコーチとしてブラジルW杯優勝に貢献したマルセル・ルーカセンが、富山県内で「サッカーのテクニックトレーニング」セミナーを行なった。昨夏、日本で開催された「ベーシックコース」の修了者のみが参加できる「アドバンスコース」では、丸2日をかけてゲーム分析とトレーニングのオーガナイズについて熱弁をふるった。(取材・文・写真/鈴木智之)

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■ヨーロッパにおける指導者講習会のベーシック

このセミナーのテーマは、大きくわけて4つある。それが「フリーになる動き」「パスの受け方とコントロール」「パス」「プレッシング」だ。サッカーのベースとなる4つのテーマに絞り、参加者たちがゲーム分析を体験する。初日は一昨年度の高校選手権優勝校・富山第一高校の試合を実際に観て、4つのポイントごとに分析を行なった。

まずは映像分析で課題を抽出し、それらを改善するためにどのようなトレーニングを行なうかプランニングする。そして選手たちと実際にトレーニングを行ない、課題を解決、あるいは向上できているかを確認していく――。これはドイツやオランダ、スペインなど、ヨーロッパの国々で行なわれているベーシックな研修方法だ。

World Football Academy Japan代表で、セミナーを企画した川合慶太郎氏は「日本ではまだ映像分析など一般的ではないかもしれませんが、ドイツやオランダでは操作の簡単なパソコンのソフトを用いて映像を分析します。それが指導者講習会のレポート提出にも使用されているのです。こうしたヨーロッパでは当たり前に行なわれている指導者講習の方法を、日本の指導者にもぜひ体験していただきたいと思い、このセミナーを企画しました」と語る。

そして本セミナー最大の特長が、ドイツ代表のテクニックコーチとしてW杯優勝経験を持つルーカセン氏から、直接レクチャーを受けられること。世界最先端の指導者である彼に、自分のサッカーに対する考え方、試合の分析結果、構築した練習メニュー、選手への実際の指導場面における良かった点・改善点などについて、直接指導を受けられるのだ。ここで実際に、指導実践の場で寄せられたルーカセンのアドバイスを紹介したい。

たとえば、ある指導者がパスをテーマに、20メートル×15メートルのグリッドで『進行方向をつけた5対3』のトレーニングをオーガナイズしたとき。練習役として参加した富山第一高校の選手のキックが上手くいかない場面があった。そこでルーカセンは「ボールを受ける前、身体の力を入れて準備することが必要です。足にボールを当てる瞬間につま先を上げて、足首を固定することを教えましょう」とアドバイス。ルーカセンはドイツ代表の「テクニックコーチ」として、足や腕の使い方など細かな技術指導をしていただけあり、選手の技術ミスの原因をすばやく見つけ、的確な指示で修正させていく。

また、パスのスピードが遅く相手に寄せられて奪われた場面では、次のようにアドバイスをしていた。

「なぜ、ボールを強く蹴るのか。パスにはスピードが重要だからです。ゆっくりとしたパスは"パスのためのパス"で、相手に奪われやすくなってしまいます。仮にパスの受け手がフリーになる動きをしていても、パススピードが遅いと簡単にプレスをかけられて、途中でカットされる、あるいはパスのタイミングが合わないことが起こります」

男女のフル代表が出場した東アジアカップでも、パススピードが遅く、相手にボールを奪われる場面が何度もあった。これこそは育成年代からの意識付けが必要であり、プロになった段階では、無意識のうちにできるレベルまで引き上げなくてはいけない。たかがパスのスピードと思われるかもしれないが、世界のトップレベルと比べて明らかに日本のビハインドを生んでいる部分でもあるのだ。

■「自分の指導」をコーチングしてもらう機会

ルーカセンはまた、細部だけでなくトレーニング全体の「なぜ、この練習をするのか?」「なぜ、このルール設定なのか」「なぜ、ピッチのこの場所で、この練習を行うのか?」といったところまで、細かく具体的にチェックしていく。参加者が普段、深くは考えていない部分に「なぜ?」と問いかけることで気付かせ、よりよいトレーニングのオーガナイズを求めていく。

たとえば、前述の『進行方向をつけた5対3』などは指導現場でよく行なわれるメニューのひとつだが、ルーカセンはこのトレーニングをして終わりではなく、常に「このメニューをサッカーの試合に近づけていくにはどうすればいい?」と参加者に投げかける。そうしておいて、「FWのところにDFを1人置いて、ゴール前で3対2の状況を作る。最後にDFを突破してシュートまで持っていく」といったような、サッカーの場面で起こりうる状況を導き出すのだ。

ルーカセンの言葉の裏には、常に「サッカーの試合から逆算して、その場面をトレーニングする」ことに主眼が置かれている。「練習のための練習」ではなく、「試合で上手くプレーするために練習がある」という考え方だ。練習をさせて終わりではなく、練習の成果が試合で出ているか?を常に考えているのだ。そのためルーカセンは、トレーニング中に使う言葉、アドバイスの質にもこだわりを見せる。

「コーチは練習中、ポイントを絞ってコーチングを行なうことが重要です。たとえばテーマがパスであれば、パスに絞ってコーチングをします。コントロールやフリーになる動きなど、他の要素が上手くできておらず、その部分にもコーチングしたくなることがあるかもしれませんが、一度に多くのことを教えると選手は混乱し、最終的には聞く耳を持たなくなってしまいます。一度に多くのことを詰め込むと、理解するのは余計に難しくなるのです」

実際に、このセミナーに参加しているのは指導に熱心なコーチが多く、選手のいろいろな欠点が目につくようで、「フリーになる動き」「パスの受け方とコントロール」「パス」「プレッシング」の中から1つのテーマを選んでトレーニングを行なう中で、テーマ以外の場面に言及している指導者もいた。そのたびにルーカセンは、「いまはどのトレーニングをテーマにしていますか?」と問いかけていた。

このように、試合を分析して課題を抽出、それを改善するためのトレーニングを実施し、練習メニューやコーチングの内容をルーカセンがチェックしていく、という構成で講習会は進められていった。多くの指導者は普段、自分の指導をチェックされる機会がほとんどないだけに、たくさんの気付きと発見があったようだ。

トレーニングの目的をひと言で言うと?/「サッカーのテクニックトレーニング」セミナーレポート(2)>>