08.27.2015
トレーニングの目的をひと言で言うと?/「サッカーのテクニックトレーニング」セミナーレポート(2)
かつてドイツ代表のテクニックコーチとして、ブラジルW杯の優勝に貢献したマルセル・ルーカセン。昨夏の初来日で好評を博した「サッカーのテクニックトレーニング・ベーシックコース」セミナーに続き、2年目となる今年は「アドバンスコース」と題し、試合の映像分析から課題を改善するためのトレーニングを実施する"実践形式"のセミナーを行なった。(取材・文・写真/鈴木智之)
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■オーガナイズの調整にコーチの力量が表れる
富山県で行なわれたこのセミナーには、育成年代の指導者30名が参加。一昨年度の高校選手権優勝校・富山第一高校の選手たちがデモンストレーターを務め、「フリーになる動き」「パスの受け方とコントロール」「パス」「プレッシング」をテーマに指導実践をしていく。今回も引き続き、指導中のトレーニングの改善点やルーカセンのアドバイスを紹介したい。たとえばあるコーチが「パスの受け方とコントロール」をテーマに、長方形のグリッドで四辺にレシーブ役を立たせ、グリッドの中央には味方が1人と守備役が3名という5対3のトレーニングをオーガナイズしたのだが、トレーニングのテーマである「コントロール」の現象があまり表れず、選手たちがワンタッチでパスを回す場面が多かった。
グリッドが広く、レシーブ役にプレッシャーがあまりかからないというのがその理由なのだが、ルーカセンはしばしトレーニングを観察してから、「ボールコントロールがテーマなのに、選手たちはダイレクトでプレーしています。そのようなときはオーガナイズを変えましょう」とアドバイス。すると、アドバイスを受けたコーチは「必ず3タッチでボールを動かそう」と選手たちに指示。そうすることで、トレーニングの狙いである「パスの受け方とコントロール」を意識的に行なう場面が増えていった。その上で次はプレーの判断を見極めながら、しっかりパスを出せているか、受け手はボールをコントロールできているかを注視していく。
準備した通りの練習をただするのでは「練習のための練習」になってしまう。テーマに通じる現象が出なければ、すぐさまオーガナイズを微調整していく――その見極めがコーチの腕の見せどころだと言えるだろう。
さらにルーカセンは、トレーニングの細部にこだわる。上記のトレーニングを実施する場所はゴール付近の設定で、発案者はゴールに対して並行にグリッドを作っていた。するとルーカセンは、そのコーチに「なぜこの場所にグリッドを作ったのですか? 何か意味があるのですか?」と質問。そこですかさず「私がこのトレーニングをするなら、ピッチの縦方向にグリッドを作ります」と助言。そうすることで、攻撃の方向を意識付けさせるとともに、それに適したコーチングもできるからだという。
このように、ルーカセンは参加者が設定するトレーニングに対し、さまざまな角度から検証を行ない、より良いトレーニングになるためにはどうすればいいか?という観点でアドバイスをしていく。普段、自分のトレーニングについて意見をされる場面などほぼないだけにプレッシャーもあったと思うが、ほとんどの指導者がルーカセンのアドバイスを真摯に受け止めていた。
■サッカーのシチュエーションに沿っているか
この他にも、あるコーチが「パス」をテーマに設定したトレーニングで、「最初はこの方向へパスを出し、次はこっちへパスを出す」と、選手たちに細かく指示を出していた。それを見たルーカセンは、「試合中、パスを出す方向を決めるのは選手です」とアドバイス。コーチとしては、攻撃方向に向かって斜めのパスを出すために選手の配置をひし形にし、斜めのパスコースを作るように意図したのだが、実際にトレーニングをする選手は相手ゴールに近い、最前線にいる選手へパスを出す場面が多く、それは練習で設定したテーマとは異なるプレーの選択になってしまった。しかしながら試合の中の現象として見ると、「最も相手ゴールに近い選手にパスを出す」というのは良い判断だ。ルーカセンは言う。
「パスは判断をともなって、初めて効果的なものになります。そこにはチームメイト同士のコミュニケーションが必要です。トレーニングの目的は、最終的には選手がピッチの中でコミュニケーションをとり、いま起きている問題を解決できるようにすること。トレーニングで目指す地点はそこです。コーチは試合を見て分析し、トレーニングで改善するためのフィードバックをします。そこで大切なのは、サッカーのシチュエーションに沿っているかを考えることです」
ルーカセンが繰り返し説く言葉。それは「その練習はサッカーのシチュエーションに沿っているか?」である。だからこそ、トレーニングの場面設定、ルールなど細部にこだわり、より実際の試合に近づくように考え抜くのだ。
「トレーニングでは選手の判断、洞察力、プレーの実行を、段階を踏んで教えること。そこでは結論を急がず、繰り返してトレーニングすることが大切です。選手もミスをしますが、ときには指導者もミスをします。コーチングのミスはよくあることです。失敗を恐れないでください。自分のトレーニングを評価して、次につなげる。その繰り返しで、選手も指導者もレベルアップしていくのです」
2日間に渡るルーカセンの「サッカーのトレーニング・アドバンスコース」を受けた指導者たちは、何を学んだのだろうか。それは参加者の一人ひとりがピッチの上で、選手と向き合ったときに明らかになるだろう。
取材・文 鈴木智之 写真 鈴木智之