02.24.2014
スペイン人の多彩な戦術的引き出しの源泉は「クアトロ」にあり/鈴木隆二
前回のコラムでバルセロナのSALA 5 MARTORELLに所属するフットサル元日本代表の鈴木隆二さんにフットサル戦術の「エントレ・リネアス」について紹介してもらいましたが、2回目となる今回は「クアトロ(4-0、スペイン語で『クアトロ・セロ』)」というフットサルの重要かつ代表的なシステムを紹介してもらいます。
<< 前回「ペップもバイエルンで実践!フットサル戦術「エントレ・リネアス」とは?」を読む
フットサルではクアトロ以外にも後ろに3枚、「ピヴォ」と呼ばれる前の1枚を置く3-1の深さを特徴としたシステムなどがありますが、クアトロは3-1とは異なり、フォーメーション自体に深さがないシステムです。
鈴木さんはクアトロのシステムの目的と特徴について次のように説明します。
by woodleywonderworks
■キーファクターは「エントレ・リネアス」
「クアトロは、4人の選手がスタートの段階で逆台形のフォーメーションを取ります。目的としては4人が常に連動して動き続けてスペースを見つける、埋める、作ることを続けることによって、相手のディフェンスラインを前におびき出し、その背後を狙います。このシステムは、スペースの認知能力と味方との連携能力が高いレベルで要求されますから、戦術理解力、スペースなど空間認知能力の高い選手が求められます。また、常に動き続けなければいけないので、機動力のある選手がいなければ高いレベルでクアトロのシステムに基づいた戦術を成立させることができません」鈴木さんによると「クアトロはスペインでは象徴的なシステム」だということです。
その理由について鈴木さんはこう話してくれました。
「現在のフットサルのルールになる前にいくつかルール改正がありました。代表的なものとして、昔のスペインではキックインではなくスローインでした。必然的にスローインの時はボレーシュート、ヘディングシュートでゴールを狙うことが多くなり、そのための戦略が発展しました。それ以外でもGKからのクリアランス、サッカーで言うゴールキックでハーフウェイラインをノーバウンドで超えるボールを直接GKが投げてはいけないというルールがありました。そうなると、当然相手は前からプレッシャーをかけて来ますので、オフェンスは自陣からポゼッションでボールのラインを上げていかなくてはいけません。その目的のために有効なクアトロのシステムはさらに発展していきました」
クアトロのシステムにおいては、先に紹介した「エントレ・リネアス」がキーファクターとなります。
なぜなら、フットサルにおけるディフェンスもゾーンディフェンス、マークの受け渡しが守備の基本戦術としてあるからです。
ゾーンでマークの受け渡しが発生することで同時に横と縦のライン間にスペースが生じ、その時ライン間のスペースに侵入していくエントレ・リネアスのフットサル戦術が効果を発揮します。
そして、クアトロのシステムを成立させるためには「お互いの選手の距離感、次の展開を読む能力が必要不可欠」だと鈴木さんは語ります。
「味方と敵の位置をよく把握して一つひとつのプレーで効果的なポジショニングを取り、味方と連携しながら合理的にスペースを埋めて共有していく。この能力を伸ばすために有効であるのがクアトロのシステムであり、それはサッカーにも必ず役に立ちます」と力説してくれました。
■二人組の連携の重要性
ただし、スペインのトップレベルが採用しているシステムはクアトロに留まらないのが現状で、「基本的に3-1、4-0、2-2という3つのシステムが融合しています」とのこと。鈴木さんによれば、「傾向としてクアトロを行なっている、3-1をやっているというのはありますが、3-1の傾向にあるチームでもピヴォの選手が後に下りてくればクアトロのような動き出しになりますし、クアトロの傾向があっても高い位置に抜けていってピヴォのようにボールを収められる選手がいれば、3-1の特徴を上手く使うチームもあります」。確かに、スペイン代表やFCバルセロナに代表されるスペインサッカーも試合中にシステムが変幻自在に変るハイブリッド型の戦術で、鈴木さんはその背後にある「スペイン人の戦術メモリーの豊富さ」を挙げています。
「戦術記憶」とも表現される戦術的引き出しの多いスペイン人は、フットサルでもサッカーでも誰と一緒にピッチに出ているのか、組む選手の特徴やパーソナリティーに応じて自らのプレーを変えることができ、局面、その場に応じて即興的に効果的なプレーを作り出すことができます。
システムや戦術の傾向はしっかりとあるものの、「それだけに頼った戦い方はしていませんし、現代のフットサル、サッカーでは全てをミックスした上で状況に合わせ、それぞれの判断に基づいたプレーをしています」と鈴木さんは説明します。
日本でプレーしていた時から「クアトロのシステムは知っていました」と話す鈴木さんですが、「このシステムの一番ベースになる要素がドゥアリダッ(二人組)であることは知りませんでした」と話します。
「私はエントレ・リネアスが好きなので、チームの中で一番その動きをかけるのですが、私の特徴と同じようにエントレ・リネアスをかけた選手にパスを刺すのが得意な選手がいます。彼がボールを持った時、最初に探す選手は私です。これが二人組の連携プレーの原則です。システムに発展する前に必要な、いわゆるベースとなる形であり、クアトロにとって一番重要な構成要素です」
鈴木さんが今通っているフットサルの指導者学校のクラスメイトにセルヒオ・ロサーノというFCバルセロナ、スペイン代表の中心選手がいて、彼は2013年度のフットサルでいうバロンドールに選ばれたほどの選手ですが、彼も鈴木さんに対して「クアトロのシステムで大切なのはドゥアリダッ(二人組)だ」と述べているそうです。
「結局、誰と一緒にピッチに出ているかでポジショニングやボールの動かし方は変わります。それはスペインに来てから知ったことで、日本にいた時は知識として知っていたにすぎません。スペインに来て二人組の連携の重要性を理解することで本当の意味でクアトロのシステムを理解することができるようになりました」
「個か組織か」の二元論や個たる1からいきなり8、11に飛躍することの多い日本サッカー界において、鈴木さんが体得したスペインフットサルのドゥアリダッを基軸とするクアトロのシステムと戦術、それからフットサルを育成年代から経験することで1から2、2から4、4から8、8から11という個から組織へのスムーズな移行が実現するのではないでしょうか。
<< 前回「ペップもバイエルンで実践!フットサル戦術「エントレ・リネアス」とは?」を読む
小澤一郎(おざわ・いちろう)
1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。(株)アレナトーレ所属。スペイン在住歴5年、日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、育成や指導者目線の原稿を得意とする。現在は多数の媒体で執筆の傍ら、サッカー関連のイベントやセミナー、ラジオ、テレビなどでトークもこなす。著書に『サッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『日本はバルサを超えられるか(共著)』(河出書房新社)、『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書・監修に『レアルマドリード モウリーニョの戦術分析(オフェンス・ディフェンス編)』(スタジオタッククリエイティブ)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、『モウリーニョvsグアルディオラ』(ベースボールマガジン社)。
取材・文 小澤一郎 写真 by woodleywonderworks 提供:鈴木隆二