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精華女子が、受け手のクオリティ向上に特化する理由。越智健一郎&末本亮太 ワークショップレポート

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ホワイドボードを使って説明を行なう越智氏

取材・文・写真/小澤一郎

 前編では、3月29日に行なわれたワークショップ「コーチから選手への仕掛け・仕向け」の登壇者である越智健一郎さん(京都精華女子高・ASラランジャ京都)と末本亮太さん(NPO大豆戸FC)の二人の指導者に共通する「常識を疑う力」について取り上げましたが、今回は3部で越智さんが発表した「テクニックへのこだわり」を中心にリポートしながらこのようなワークショップ、指導者講習会の持つ意味合いについて考察したいと思います。

<<<前編:スポーツは、本当に「楽しむもの」になっているのか?
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 京都精華女子高で何より「怪我をしないカラダ作り」を意識した指導を行なっているという越智さんですが、身のこなしを良くするための練習を多く取り入れています。その一つが「くるり」と呼ばれている動きの練習で同校ではパスを出して回ることが習慣化されています。実際の試合映像でも後方からパスを受けた選手がアウトサイドのワンタッチで前方にパスを送り、そのまま"くるり"と回る身のこなしを見せていました。

 テクニックについても独自の見解を持つ越智さんは「テクニックを通じて相手に読まれづらく、自分たちも怪我をしづらい。危ないと思った時に耐えるのではなく、回る」のが"くるり"のアクションだと説明します。
 
 また、ボールポゼッションに関しても面白い捉え方をしています。通常、「ポゼッション」たるボール保持は攻撃の手段であり、攻撃されないという理想の守備であり、「ボールを動かしながらゴールに向かう」ことが一般的なサッカースタイルとして定着してきています。しかし、越智さんのポゼッションは一般化された考え方とは少し異なります。

「僕の中でのボールポゼッションはボールを保持する時間が長い、或いはボールの動いている時間が長いことです。なので、タッチ数をなるべく多く、パスをなるべく緩くするように求めています。特にパスが緩いとミスが減ります。パスを成功させていきたいので、ミスが起こる要素を減らしていきたい。例えば、後にパスをすることでインターセプトが少ないラグビーやゆっくりとタッチ数の多いドリブルをしながら周りの状況を見ることのできるバスケットのようなイメージです」

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身振りを交えて語りかける末本氏

 そうした考え方の延長線上には「受け手のクオリティ重視」のパス概念があります。パスを成功させる上で受け手、出し手双方のクオリティが高く、意思疎通が取れる、タイミングが合うことは一つの理想ですが、越智さんは「いいパスが来ても受け手がダメだったらパスは失敗ですが、悪いパスでも受け手が良かったらパスは成立します。だから、精華女子のパス練習は両方のクオリティを求めるのではなく、受け手のクオリティを上げることに特化しています。受け手の技術をあげればミスが減るという希望的観測を持っています」と話します。

 越智さんが京都精華女子で重視しているテクニックについてひと通り説明した後は、実際に精華女子の選手が2人登場して普段行なっている練習や習得したテクニックを披露してくれました。
 
 実技紹介の中心となったのはアウトサイドのテクニックで、越智さんは「アウトサイドが世界を変える」と考えているそうです。背負っている相手はボールが見えないことが多いため、背中から受け取る情報でコントロールの方向を予測しますが、アウトサイドでのボールタッチにおいて相手は背中の情報からプレー予測できませんので、「30センチから50センチ、場合によっては1メートルほど相手を離せます」と言います。

 熱心にアウトサイドの練習を取り入れる京都精華女子ですが、越智さんは「これは邪道なんです」と自らのアウトサイダーぶりを認めていました。

「前に向かっていいところにコントロールをして、いいパスコースを選ぶべきなんですけど、いい選手と悪い選手が対峙した時には勝てないんです。アンダー日本代表の選手がいる強豪校と普通にやっても勝てないですし、例えばボブサップと戦う場合、まともに打ち合っても勝ち目はありません。代表選手のいるようなチームと比較するとうちはまだまだ能力の劣るチームだと思っているので、こういう工夫をしなければいけないのです」。

 以後も越智さんのこだわり抜いたテクニック論は続いていきましたが、上記のコメントにある「邪道なんです」、「能力が劣るチームなので工夫しなければいけない」という言葉はとても重要なポイントだと思いました。参加者以上に、この2回の記事だけでワークショップの内容や越智さん、末本さんの考え方を判断しなければいけない読者の皆さんの中には、「くるり」やアウトサイドに特化した練習に懐疑的な目を向ける人もいるでしょう。

 確かに越智さんのテクニック論のみならず、末本さんが導入した選手を信頼し、任せるボトムアップ的指導も全てのチームに有効な手法ではないですし、ましてやり方としての「正解」ではありません。大切なことは指導者が自らのチーム、選手の能力、パーソナリティをしっかりと見極めた上で、自らのチームにとって有効だと思われるやり方を構築することです。
 
 だからこそ、自分たちのやり方、哲学が全くない"無"の状態でこうしたワークショップ、講習会に出向く、メディアやSNSに飛び交う情報を拾い集めたところで単なる批評家にしかなれないでしょう。

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 異なる指導者のアプローチ、スタイルを垣間見ることは自らの手法を整理する、肉付けするためのヒントを探すことですから、極端に言うなら自らにとって有益となりうる情報は講習会全体の10%あれば御の字でしょう。
 
 私が所属する会社でも指導者講習会を開催しますが、例えばスペイン人指導者の講習会の質疑応答の時間で「うちのチームの現状はこうで、今日話してもらったスペインにおけるやり方を取り入れるのは難しいのですが、どうすればいいですか?」といった質問がよく出ます。本来は、それを考えるために講習会に出ているはずで、登壇者から「こうやりましょう」と答えを出してもらい、そっくりそのまま取り入れるような指導者がクリエイティブな選手、自主的な人間を育成できるはずもありません。

 また、クラブ内で指導者を評価する仕組みに欠ける日本の育成現場では特に、過去の実績やすでに名声を得ている指導者ほど勉強不足の傾向があるように思います。おそらく、そういう指導者が今回のワークショップ開催の話を聞いても、「女子サッカーの指導者だろ?」、「たかが神奈川県のベスト4だろ?」という常套句を用いて参加することもなく頭ごなしに否定することでしょう。

 私自身、これからの日本のサッカー、育成をいい方向に導いていくのは"過去"の実績や肩書き、年齢ではなく向上心と発信力のある指導者だと考えています。その意味で、メディアから取材されるのみならず、能動的に自らの仕掛けや取り組みを発進し続けている越智さん、末本さんという二人の指導者には大きな期待を寄せていますし、今回のような興味深いワークショップ、指導者講習会が全国各地で自然発生的に開催されることを願っています。

<この項、了>