TOP > コラム > 「日本の選手がドイツに適応して良いプレーをするために、僕たちがやれることはたくさんあると思う」山下喬(FC BASARA MAINZ代表)×里大輔(常葉大学陸上部監督)特別対談(後編)

「日本の選手がドイツに適応して良いプレーをするために、僕たちがやれることはたくさんあると思う」山下喬(FC BASARA MAINZ代表)×里大輔(常葉大学陸上部監督)特別対談(後編)

ドイツのマインツを拠点に日本人留学生を受け入れ、プロチームとの契約をサポートする山下喬氏。岡崎慎司選手がアドバイザーを務める、FC BASARA MAINZの代表でもある。山下氏と旧知の中である里大輔氏は、中学時代に100mで日本一に輝いたスプリンター。現在は常葉大学陸上部監督として、未来のオリンピック選手の指導にあたっている。陸上だけでなく、サッカーやラグビーなど、球技のフィジカル・ランニングコーチとしても活躍し、選手の動きづくりをサポートしてきた。「世界で通用する選手になるために必要なこと」をテーマに、日々、グラウンドに立ち続ける両氏。後編では「足が速くなるポイント」やドイツで実践するトレーニングメニューなど、具体的な内容に踏み込んでいく。

<<前編

HT020192_580.jpg取材・文 鈴木智之

■足が速くなる3つのポイント

山下:(前回の続きから)中田選手は重心が低いイメージがあるけど、それについてはどう思う?

:重心が低いのではなくて、適切な位置で安定している、という表現が正しいかもしれません。中田選手は常に腰の位置を高くキープしていて、膝が曲がり過ぎていないので、上半身が起きています。多くの日本の選手はプレー中、ひざが曲がり過ぎている傾向があります。「接地した瞬間にひざの角度が変わり、ひざが折れている」といったほうがわかりやすいかもしれません。中田選手はひざの使い方も上手く、必ず上半身より前で脚が動いています。姿勢と、脚を上半身の前で動かすタイミングが非常に良いんですよね。そして脚が突っ張り棒になっているので、余計な力を使わずに身体を支えることができ、スムーズに止まることができます。

山下:(里)大輔には、ドイツで僕がサポートしている日本人留学生に動きづくりやスピードアップのトレーニングをしてもらったけど、どうすれば中田選手のように、スピードがあって力強く動けるようになるんだろう?

:足を速くするためには、3つのポイントがあります。1つ目が「接地中にひざの角度が変わらない」こと。脚を大きくスウィングして走っている最中も、ひざの角度は変わりません。オリンピック選手を始め、足が速い人は全員そうした動きをしています。2つ目が「接地の時間が短い」こと。3つ目が「脚を振るスピードが速い」ことです。足が速くなるトレーニングをすると「ひざを曲げ過ぎない」使い方ができてくるので、身体を支えることもできるようになります。それはサッカーでよくある、横の動きにも生かされます。

山下:なるほど。それはトレーニングをすれば、できるようになる?

:はい。僕は専門種目が陸上ですが、陸上選手はそこをトレーニングしているので、人より速く走れるんです。大切なのは、短い時間で力を出すための練習をすることで、そのためにはジャンプトレーニングが効果的です。関節など、ひざの角度をほとんど曲げずにジャンプを繰り返すことで、短時間で力を出せるようにします。人間の身体には「SSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)」という機能があるのですが、ジャンプをして飛び、着地する瞬間に伸びている筋が瞬間的にキュっと縮まります。これを「伸張反射」というのですが、伸びた分だけ縮む力が増すので、反動のあるシュートを打つときのパワーにも影響します。ドイツ人のミドルシュートを見ると、地を這うような弾道で蹴りますよね。一方、日本人選手を見ると、抑えたミドルシュートを打つ選手はあまり多くはありません。

■地を這うシュートを打つコツ

山下:欧米人のように低くて強烈な弾道のシュートは、日本人は打つのが難しい印象がある。地を這うようなシュートはあまりないけど、なぜだろう?

:日本人はひざを動かしたがるからだと思います。陸上を見ていてもそうで、ひざがつぶれやすいんですね。高速で動いている状態で膝を使おうとすると、大きな力を受け止めたり、力を発揮することは難しくなります。力を使い果たした状態で地面にアプローチをするので、ひざがつぶれてしまうんです。ドイツを始め、ヨーロッパの人の走りはひざが上手くホールドされていて、股関節を大きく使えています。ぱっと見、ひざが硬そう見えるんですが、それが良いんです。その違いが走るスピードやキックのパワーに現れているような気がします。

山下:ドイツで日本人選手が試合をする姿を見たと思うけど、どういうところに差を感じた?

:僕が見たのは7部リーグでしたが、ドイツ人のなかにも、身体をうまく動かせていない選手はいました。そのような選手は、動きが日本人選手と似ていましたね。

山下:日本人がドイツでプロ契約をするには、フィジカル的に通用することに加えて、頭の中身も変えないと難しいよね。ドイツ人の監督は「1対1では相手に当たりながらでも抜いて行け」とよく言うけど、日本ではあまりそういうプレーがないので、急に言われてもうまくできない。ドイツでプロになりたいのであれば、日本とはプレーに対する考え方を変えて、それができるフィジカルもつけていかないといけない。

:山下さんがドイツでやっている、日本人留学生を集めたトレーニングがありますよね。そこでやっていたように、2人がライン上を並んで走って、どちらが前に行けるかとか、シンプルなメニューで意識付けをさせるのはいいですよね。1週間に1回程度、そのメニューをすると決めて、動きができているかをチェックするのは良いと思います。

山下:試合のシチュエーションでいうと、一人が相手の突破を身体でブロックして、もう一人が前に進むというのもいいかもしれない。

:いいですね。僕もやったことがあります。コーンを置いて1.5mぐらいの狭いコースを作り、後ろから進行方向にボールを出して、ヨーイドンでどちらが先にボールを自分のものにして、ゴールまで行くかという練習です。コースが狭いので、嫌でも身体をぶつけないといけないというシチュエーションを作ってやりました。

山下:大輔のトレーニングをして、足が速くなった、身体が疲れなくなったと言っている留学生もいる。「いままでは、試合が終わったあとに足に疲労がきていたけど、最近は上半身に来るんです」と言っているので、効いているんだなと思っているよ。

:上半身を柔らかく使えるようになるのが理想なので、その感覚は覚えておいてもらいたいですね。すべてのスポーツにおいて『上手い』とされている人は、身体がひとつの塊として動いています。自分はスキーもやるのですが、斜面に向かって自分で適切な角度を作るために身体を倒す感覚は、すべてのスポーツに通じるものがあると思うんです。モーグルは30度ぐらいの傾斜があって、足元が見えないんですね。最初は怖いので足だけで進もうとするのですが、慣れるに連れて上半身を斜面に預けて行くと、身体がひとつの塊になった感じがして、楽に滑ることができます。それも身体全体が使えているからなんですよね。

山下:そう考えると、日本の選手がドイツに適応して良いプレーをするために、僕たちがやれることはたくさんあると思う。ドイツでプレーするためには、ボディコンタクトは避けて通れないものだから。彼らに戦って勝つためには、スピードや身体の上手な使い方が必要になる。今後もトレーニングをして高めていきたいと思うので、またよろしくお願いします。

:もちろんです。今日はありがとうございました。


山下喬(やました・たかし)
ユーロプラス・インターナショナル所属。滝川第二高校を卒業後、プロ選手を目指してドイツへ渡る。マインツ等でプレーした後、現役を引退。引退後はドイツでの会社員生活を経て、留学事業会社のドイツ担当コーディネーターを務めるかたわら、マインツU12のコーチを担当している。FC BASARA MAINZ代表

里大輔(さと・だいすけ)
常葉大学陸上競技部監督/浜松開誠館中・高等学校 サッカー部フィジカルコーチ/静岡聖光学院中・高等学校 ラグビー部 ランニングコーチ。現役時代は陸上競技(100メートル)の選手として、ジュニアオリンピック優勝、全日本中学生大会優勝など、輝かしい成績を残す。独自のトレーニング理論に定評があり、ジュニアからプロまで、競技を問わず様々な選手を指導している。