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『組織の中の個』ではなく『個の融合体である組織』という考え方 U-16日本代表のメンタリティ AFC U‐16選手権レポート~後編

読者の皆さんは、吉武博文監督が掲げる『究極のポゼッションサッカー』についてどうお思いだろうか。おそらく否定的な見方をすれば、「ポゼッションすることに躍起になって、シュートへの意識が希薄になっている」、「ただ繋いでいるだけ」などが挙げられるだろう。

確かにその意見は間違ってはいない。実際に敗れたオーストラリア戦、韓国戦はそう思いたくなるシーンが多かった。だが、それはあくまでもピッチ上で繰り広げられた現象からであり、このサッカーが間違いだと決めつけるのは非常に浅はかだ。

例えば、0-2で敗れた韓国戦。試合の流れを見ると、日本の組織が韓国の個に打ち砕かれた。ポゼッションでは日本が圧倒的に上回っていた。特に前半41分までは、日本の前線からのハイプレスと、奪ってからのテンポの良いパスで、韓国を完全に押し込んで、翻弄していた。韓国はエースのイ・サンウにボールを預ける以外は、ほぼ攻め手がない状態だった。しかし、日本はこのイ・サンウにやられた。41分には中央でボールを受けられ、DFが3人で数的優位を作った瞬間に、左サイドに展開され、キム・ジュンミンは手薄になった左サイドを簡単に突破。この瞬間、今度はイ・サンウの動きをDF陣が見失ってしまい、キム・ジュンミンの折り返しをニアで簡単に押し込まれてしまった。47分にはハーフウェイライン手前でボールを持ったイ・サンウに、ドリブルで約60mの独走を許してしまう。このとき、日本は3人のDFで数的優位を作っていたが、イ・サンウに触れることもできないまま単独突破を許し、GKまで交わされて無人のゴールに流し込まれ、2失点。

これだけを見ると、確かに日本のサッカーには『個の育成』が必要であると感じる。組織を磨くのもいいが、ひとりで状況を打破できる個が必要だと。それは間違いないが、だからといって吉武サッカーを否定していい理由とは言えない。(取材・文・写真/安藤隆人)

<<前編

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■組織的なサッカーとは『個の融合体』である

「僕は、日本は組織ではなく、個の力で戦ったと思っています。個で集団を作って、彼らが一番活きるやり方がこのやり方だと思っている」

吉武監督はあくまで日本人の特徴にあった組織的なサッカーは、個の融合体であると考えている。高い能力を持った個が、自らの状況、相手の状況をしっかりと見て、判断を積み重ねていく。

「一人ひとりが複数の選択肢を持ってプレーする。その選択肢の中からベストな選択をする」

吉武監督が選手たちに求めていたのは、『自分でハイアングルの俯瞰図を作って、判断していく』というもの。あくまでも『判断』に基づいたポゼッションであり、ポゼッションに基づいた判断ではない。だが、正直そこまで浸透をし切れなかった。個の能力が高い選手は着実に増え、サッカーの質は明らかに94,96ジャパンがアジア予選を戦った時よりも高かった。しかし、今回は結果が出なかった。うまいが、判断の質が低かった。これは前編でも書いたが、やはり『相対的な視点』が足りなかった。相手の状況、時間帯、そしてスコアの状況など、自分たちのことだけでなく、ピッチ上で起こっている現象と自分たちの現状を相対的に見て、どう選択肢を持ってどう判断するかという力に欠けていた。

■状況を把握して対応できる感性を育てる

「94ジャパンのU-17W杯準々決勝・ブラジル戦も最初の20分は、明らかに日本に対して、ブラジルは嫌がっていました。しかし、そこを感じることができず、相手の迫力に押されて立て続けに失点してしまった。相手が嫌がっているのなら、それを続ければいいのです。いま、なにが起きているのかを冷静に判断して、感じることができない。今回の韓国戦の失点も、10番(イ・サンウ)に対し数的優位な状況だったのに、それを活かせなかった。いろいろな選択肢を持てる数的優位の状況で、それができないというのはCBだけではなくて、日本の現状だと思います。基本的な数的優位の守り方ができていない。それに『これはピンチだ』と思えたら、それ相応の対応はできたかもしれない。それは即ちサッカーを理解できていないということになります。だからこそ個の強化というのは、駆け引きの強化であり、分析力と予測力の強化だと思う。サッカーの方向性は間違っていないだけに、この流れに通ずる個の強化を大々的に打ち出していけばいいと思っています」(吉武監督)。

組織の中の個でなく、個の融合体である組織。全員でボールを保持して、相手のストロングポイントを出させないで崩していくサッカーの方向性の下、この流れに基づいた個の強化が重要となる。

「僕はベースを高めたい。個性を伸ばすためには、ベースを高めることが大事。ベースを高めながら、感性を持った選手を育てられれば、必ず将来個性を持った選手として花開く。98ジャパンは、その前の96ジャパンが『世界に通用する個を』というテーマを持ってトレーニングをしていたので、同じようにそれを落とし込んだ。状況判断の質を積み上げていって、全体像に持っていき、それを繰り返し行ってチームを作りました。その中で、崩せる時は相手DF陣を綺麗に切り裂いていました。2、3人の選手の意図が共鳴したときは、それができたた。ただ、それができない時、どうやって点を取るか、取らせないかを90分間の中でマネジメントするかは課題があった」。

結果が出なかったらダメ、出たらいいではなく、物事の本質を見失わずに、今後の強化の指針にする。吉武サッカーを『没個性』と取るのではなく、「では、この中でどうやって個を輝かせるか」を考えないといけない。駆け引きする力、分析する力、予測力とそれらに基づいた判断力。個の育成の方向性を共有していくことも、今後の育成年代において重要なことなのだから。