TOP > コラム > 「点を取ることができるのは、個で切り開いていける選手」加藤好男×幸野健一対談(前編)

「点を取ることができるのは、個で切り開いていける選手」加藤好男×幸野健一対談(前編)

COACH UNITED編集部です。サッカー・コンサルタントであり、アーセナル市川SS代表を務める幸野健一さんがゲストを迎えてお送りする対談シリーズ『幸野健一のフットボール研鑽(けんさん)』、今回のゲストはGKコーチの加藤好男さんです。現役時代は古河電工、ジェフ市原(当時)でプレーし、日本代表のGKとして国際Aマッチに出場。引退後は指導者として日本代表やタイのチョンブリFCのGKコーチとして活動され、FIFA/AFCのGKインストラクターも務められています。日本のGKコーチの先駆けとも言える加藤さんに、旧知の間柄である幸野さんが鋭く迫ります。(構成/鈴木智之)

20150210_01.JPG

幸野:加藤さんとは30年来、お付き合いさせていただいています。現役時代は古河電工で長く活躍されて、日本代表でもプレーされましたよね。僕は加藤さんが古河電工の社員から、Jリーガーになる瞬間を間近で見させてもらいました。

加藤:Jリーグが始まる直前は無我夢中でしたよね。プロとはどういうものかもわからなかったのですし。アマチュア時代とは何かを変えなくてはいけないと思い、当時の監督や選手たちはとにかくハードな練習をしていました。非科学的ですし、いまの時代から見ると「なんだこれは」と思われる練習をしていたかもしれないけど、そういう精神性も必要でしたよね。理不尽かもしれないけど、何かを越えていくためにはチャレンジしなければいけないという。

幸野:いまの時代、理不尽なことは否定的に捉えられがちですが、おっしゃることはよくわかります。

加藤:ドイツ代表がロジカルにデータを分析して、サッカーを組み立てて、ブラジルW杯で優勝しました。それは素晴らしい成功例ですが、根底にあるのは選手一人ひとりのプロフェッショナリズムです。彼らは100年以上のプロサッカーの歴史の中で、それが自然と身についています。残念ながら我々にはその歴史がない。プロと言っても23年ですから。ヨーロッパや南米の選手たちは「プロ選手とはこういうものだ」「サッカーとは戦いなんだ」というのを、ひいおじいさんの代から言われ続けてきています。

幸野:一般的に欧州の人たちは狩猟民族で、僕らは農耕民族。日本は相手を敬うことが美徳とされる国で、その価値観自体はとても素晴らしいものですが、ことサッカーという戦いが伴うスポーツにおいては、マイナスに働く面もあります。サッカーは欧州の人間が生み出したスポーツで、彼らのメンタリティに有利なようにできています。そこは、僕らが合わせざるを得ない。僕も昔、イングランドでジュニア年代のコーチをしたことがありますが、彼らは何も言わなくてもピッチの中で戦いますから。

加藤:極端な話、技術的に劣っていたとしても関係ないと言いますか、彼らの中に「サッカーのベースは戦いなんだ」という気持ちがあると思います。

幸野:相手と戦い、ぶつかってボールを奪うのは狩人のメンタリティです。僕らはそこがない中で、足りないものをどう補うか。指導者はどうやって追いつき、追い越すかを考えなければいけないですよね。

加藤:日本代表にも、今野(泰幸)や細貝(萌)など、ボールを奪うのがうまい選手もいますよね。

幸野:前橋育英の山田耕介監督とトークショーをしたときに、細貝の話になったのですが、彼はもともとテクニシャンでした。高校に入って、ボールを奪う能力がグッと伸びたそうです。「そのノウハウを日本中で共有してください」と言ったんです。

加藤:細貝にしても今野にしても、相手の状況を見て、どのぐらいのスピードでアプローチすればいいかという判断が素晴らしいですね。日本には、ボールを奪うのが上手な選手はあまりいないように感じます。相手にアプローチするタイミングをつかむのは難しいんです。

幸野:それをトレーニングで高めていくことはできるのですか?

加藤:ある程度はトレーニングで整理して、チームで共有することはできると思います。ですが最終的にボールに寄せていき、このタイミングで足を出す、出さないというのは個人の判断になります。自分のプレーディスタンスを理解して、経験の中から自分でつかみとる部分だと思います。ただ、その第一歩は『相手に寄せ切る』ところなんですよね。今野も細貝も、相手にスッと寄せていって自由にさせない距離をとることができる。

幸野:それはジュニア年代からやるべきことですよね。

加藤:いまの選手を見ると、本当にインターセプトを狙っているのかなと疑問に思うことがあります。ボールを奪いに行っているのかと。攻撃側も逃げのパスでボールをポゼッションするのではなくて、相手が嫌がることをどこまで追求しているか。横パス、バックパスが多かったり。それは相手にとっては怖くありません。チャレンジするという意味では、私が昨シーズンまでいたタイリーグの方が上かもしれません。

幸野:加藤さんはタイのチョンブリFCで4年間コーチをしましたが、海外に行くと日本人との違いを感じるのではないですか。

加藤:チョンブリに昨季20得点を決めたブラジル人ストライカーがいたのですが、彼は日頃の練習からマリーシアのかたまりでした。ミニゲームなどでビブスを着て練習しますよね。暑い素振りをして、自分が何色のビブスを着ているかわからないように、まくりあげてプレーするんです。周りをよく見ていない選手は、味方だと思ってパスを出してしまい、シュートを決めるという。そんな発想、日本の選手にはないですよね。

幸野:そんな選手がいるんですね。初めて聞く話です(笑)

加藤:試合中もそうなんですよ。常に、どうやってこのDFの裏をかいてやろうかと考えている。練習中、ビブスをまくり上げる発想が試合の中でも出ています。これは教えられて、教育されてきたものではないですよね。でも、彼は点を取るんです。タイにいる日本人選手にも話すのですが、海外で活躍するために必要なのは数字です。この選手は今季何試合出たのか。何点取ったのか。クラブの強化担当者はまずそこを見て、数字の時点で足切りをします。外国人選手はそれがわかっているから、1点にすごくこだわるんです。試合中、PKになったら外国人選手がみんな寄って来ますからね。

幸野:PKは点を取るチャンスですからね。

加藤:監督が「練習で決めたとおり、◯◯が蹴れ」と言うじゃないですか。それを聞こえないふりをして、蹴ろうとしますから。結果に対してすごくこだわる。それは日本人が世界に出ていく上で、もっと意識したい部分ですよね。チョンブリにいた日本人選手が、自分で獲得したPKを味方に譲ったときはさすがに「自分で蹴れ」と言いましたよ。勝ちたい、点を取りたいという気持ちを強く持つ部分は、日本の選手が乗り越えなければいけない壁だと思います。

幸野:それをピッチの上だけで、サッカーの現場だけで身につけるのは厳しいなと実感しています。日本は出る杭を打つ社会で、自己主張をすると疎まれることすらあります。社会がそうである以上、サッカーの現場で違うことをしろと言っても難しい。ただ、僕は昔から、サッカー的な人間を作ることが、日本の社会にとってもいいことだと思っています。サッカー的な人間とは「自分で考えて判断して、行動できる」人間です。現代の競争化社会で求められるのは、自分の意志で行動し、結果を出せる人。そう考えると、いまの日本で良しとされている価値観から、変化していくことが必要なのではないかと思います。

加藤:そのとおりで、自分で道を切り開き、挑戦していくことのできる人間が、社会においてもサッカーにおいても必要だと思います。日本人はどうしても周りの目を気にしてしまい、自己主張が得意ではありません。いまの日本サッカーを見ると、ゴールに至るプロセスまではできてきています。最後にボールをゴールに入れる、点を取ることができるのは、個で切り開いていける選手だと思います。

後編:選手を評価した指導者に預けるのがベスト>>