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國學院久我山高校の"三栖トレ"に学ぶフィジカルトレーニングのモデル

文武両道を高いレベルで実践する國學院大學久我山高校は近年、東京都のみならず全国区の強豪校に成長している。今年度から総監督となった李済華(リ・ジェファ)氏が掲げる「美しく勝て」のモットーの下、判断力と技術力を高次元で融合させたサッカーに注目が集まることが多い國學院久我山だが、ここ数年の急成長は"三栖トレ"抜きには説明できない。三栖トレとは同校でフィジカルコーチを務める三栖英揮(みす・ひでき)氏によるフィジカルトレーニングのことで、今年で5年目のシーズンを迎える。今回は三栖氏が國學院久我山高校サッカー部に導入したフィジカルトレーニングのシステムや、スポーツドクターと連携した医療サポート体制を紹介した上で、育成年代におけるフィジカルトレーニング導入におけるポイントと、トレンドや目新しく映る理論に振り回されることのないリテラシーについて考えていきたい。(取材・文・撮影/小澤一郎)

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■フィジカルコーチの起点は「指導者・チームの理解」

三栖氏が國學院久我山のフィジカルコーチに就任したきっかけは、今年度から監督に就任した清水恭孝氏との関係だ。特に日本の育成年代では、フィジカルトレーニングがひとつの商品のように扱われてしまう中、三栖氏は初めから「どの指導者と組むか」だけを考え、7年前から清水監督が指導するチームのフィジカルコーチとしてサポートを続けている。

「どんなトレーニングメニューにもメリット・デメリットがあるので、チームをサポートする上で私たちが最初に考えなければいけないのは『トレーニングありきで考え方をチームに押し付けるのではない』ということです。チームの持っている特色や環境、練習時間も含めて変えられないものがありますから、変えられないこと・変えるべきことをしっかりと整理し、どういう形でトレーニングを導入すれば上手く機能するのかということを考えなければいけません」

そのために三栖氏が心がけたのが「指導者のトレーニングに対する考え方やサッカー観を少しずつ理解していくこと」であり、「逆に指導者がどんなことによって『トレーニング効果』を感じるのかということ」。フィジカルコーチが指導者の考え方、サッカースタイル、チームの環境を理解した上で、そこにスポーツ医科学の専門的な知見を落とし込んでいくことが、國學院久我山で三栖氏が行なった三栖トレ導入の肝だ。だからこそ三栖氏は、「フィジカルコーチが来たことだけでチームが強くなることはありませんし、『私たちのせいはあってもお蔭はない』というスタンス、敗因にはなるけれど勝因にはなりません」ときっぱり言い切る。

あくまでも「コーチ、チームをサポートすることがフィジカルコーチの仕事」と定義しているからこそ、三栖氏は継続性をもって同じ指導者と長く働くことを仕事の流儀としており、必然的にスポットで多くのチームを掛け持ちする選択肢は持ちあわせていない。こうした独自のスタイルの裏には、日本におけるフィジカルコーチ、フィジカルトレーニングに対する三栖氏のある思いがある。

「日本でフィジカルコーチとして活動する上で一番問題になるのが、いろいろなトレーニングの考え方が"流行りモノ"のように出てくること。簡単に言うとトレーニングプログラムとはアプリケーションのようなものですが、そのトレーニングプログラムをしっかり起動させられるだけのオペレーションシステムが、スポーツ現場にないケースがほとんどなのです。あるトレーニングコーチに言われてその理論をやってみたとして、どんなトレーニングにもメリット・デメリットがあります。導入したトレーニングが何に?どの程度?効果があったのかは、計画性がないと見えてきません。計画性を持たずに『とりあえず○○理論をやってみた』ということが日本にはあまりにも多すぎるので、私は長くやれる指導者と環境の下、育成年代でひとつのモデルケースを作りたいという思いをずっと抱いてきました」

■初めに「コンディションコントロール」ありき

「フィジカルコーチ」という名称を聞いて、未だに「筋肉を付ける」とか「きつい走り込みをやる」といったイメージを持つ人も少なくないと思うが、國學院久我山で三栖氏が行うフィジカルのトレーニングやサポートの最初の目的は、シンプルにコンディションコントロールだった。「フィジカルコーチが勝因になることはないので、チームとの最初の関わりで考えるべきはパフォーマンスアップよりもコンディションのコントロールです。そうすると一番のコンディション不良というのはケガをすることで、傷害数を最小限に抑えることを最優先に考えます。もちろんスポーツ傷害にはどうしようもないものもありますが、今の日本のスポーツ環境で発生しているスポーツ傷害の多くは予防できるものだと思っています」と三栖氏が主張する通り、三栖トレに3年間取り組んだ学年が出始めたここ2シーズンの國學院久我山では、トップチームに限ればアクシデント的な負傷も含め1週間以上離脱したケガ人が各1名のみだ。

國學院久我山の場合、ケガをした選手は三栖氏が代表を務めるスポーツジムに併設する箕山クリニック(スポーツクリニック)のドクターの診察を受け、診察終了と同時に三栖氏へ診断結果がフィードバックされるため、治療の方向性が診断終了時点で素早くスクリーンされる。そのシステムオペレーションの理解が指導者側(李総監督、清水監督)にもあるため、指導者側のトレーニング計画だけではなく、週末の試合出場から逆算したリハビリやトレーニングを組むことができている。だからこそ、多少筋肉に違和感を持つ選手は出ても1週間以上離脱するような選手が多くは出ない。

ケガを予防してワンシーズン安定したパフォーマンスを発揮できるようにするトレーニングプログラムを導入し、それが浸透してきたことで、三栖氏が次のテーマとしたのが局面のプレーが多い國學院久我山のサッカーに適した身体の使い方だ。「動作の部分では、まずは選手が理解しやすいように、人は速度変化が大きく方向変換の角度が深い反転動作でバランスを崩しやすいので、そういったポイントを課題に置いて指導してきました。例えば、ディフェンスでの対応には減速の方法、重心移動をともなう方向転換のフットワーク、加速の筋力発揮の動作など、身体の使い方の要素がかなりあり、これらはリアクションの部分なので比較的改善をさせやすい要素でした」と振り返るように、最初の数年は一番改善しやすい点にターゲットを絞りサポートしていたという。

このように、三栖氏が國學院久我山で導入した三栖トレの初期テーマやシステム概要を見ていくと、指導者とフィジカルコーチの信頼関係、何より互いの職業や立場を尊重する対等な関係性こそが、発育・発達期にあたる育成年代の選手に「高校3年間」のスパンでじっくりとフィジカルトレーニングを施す土台となることが理解できる。逆にその土台がなく目先の結果や効果を求めるような形でフィジカルコーチを招聘することのリスクやデメリットについて、特に育成年代の指導者や目新しい理論に飛びつく傾向にあるメディアの人間は再考する必要があるのではないだろうか。

國學院久我山高校の"三栖トレ" が目指すフィジカルトレーニングの本質>>

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三栖英揮(みす・ひでき)
1978年8月生まれ。(株)M's AT project代表取締役。箕山クリニックサポートスタッフ。2003年日本工学院八王子専門学校健康スポーツ科学科卒業、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、日本トレーニング指導協会認定トレーニング指導者。現職は國學院大學久我山高校サッカー部フィジカルコーチで、川崎市立橘高校サッカー部、ジェファフットボールクラブでも指導を行なっている。監修書籍として『サッカー専用ボディ強化計画』、『プロサッカー選手を目指すトレーニング戦略―育成年代に最適なフィジカルトレーニング』(共にスタジオ タック クリエイティブ)など。