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『スポーツのるつぼ』で磨かれるアメリカのサッカー/カレッジスポーツの真価 前編

5月のCOACH UNITED ACADEMYは、大学サッカーの指導者が逆算の発想で考える育成指導のあり方を「大学サッカーからの提言」と題して公開しています。今回は特集テーマの題材を海外に移し、世界に名だたるスポーツ大国であり、女子を中心にサッカー界でも存在感を放つアメリカの『カレッジスポーツ』に注目しました。前編では主に、カレッジ文化がプロスポーツにもたらす競技面でのメリットについてご紹介します。(取材・文/大塚一樹 写真/Roshan Yadama

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■アメリカ女子代表の強さの秘密

「あえて言うなら"カレッジ"ですかね?」

以前あるテレビ番組のリサーチで「アメリカ女子サッカーの強さの秘密」について、現地への指導者留学経験もあるJFAアカデミー福島女子のヘッドコーチ(当時)、今泉守正さんにヒアリングを行なったことがあります。その番組企画は残念ながら日の目を見ることはありませんでしたが、今泉さんのお話はなでしこジャパンの永遠のライバル、アメリカ女子代表の強さの背景、秘密を垣間見せてくれるものでした。

下表は間近に迫ったカナダW杯のアメリカ代表メンバーです。最年少、アメリカ期待の新世代MFモーガン・ブライアン選手から、34歳になったアビー・ワンバック選手、最年長39歳の最強のママ・プレイヤー、クリスティ・ランポーン選手に至るまで、すべての選手が大学出身選手であることに驚かされます。彼女たちは一様にレベルの高いカレッジサッカーの場で研鑽を重ね、もちろん勉学にも力を注ぎ、アメリカ代表選手の座をつかみ取ったのです。

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アメリカではNCAA(全米大学体育協会)が運営するカレッジスポーツがプロスポーツに負けない人気と商業的価値を誇っています。アメリカンフットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケーの4大メジャースポーツに加えて、サッカー、テニス、ゴルフ、陸上競技、アマチュアレスリングなどで多くの世界的名選手、オリンピアンを生み出してきました。アメリカの女子サッカーは地域色の強いカレッジが中心になって形成され、欧州のクラブ文化とはひと味違った形態を持っているのです。

特に女子のカレッジスポーツとしてサッカーの人気は群を抜いていると言います。前出の今泉さんもNCAAチャンピオンシップに帯同したことがあるそうですが、その規模は多くの少女たちが"憧れ"を抱くのに十分なものだと言います。

3月に行われるバスケットボールのNCAAトーナメントがMarch Madness(マーチ・マッドネス)と呼ばれ、放映権も含め、プロスポーツを凌駕する盛り上がりを見せることは日本でも知られていますが、各大学が奨学金制度(スカラーシップ)を利用して有望選手を獲得するのは、女子サッカーでも同じことのようです。

■他競技、他分野の最先端から学べる環境

カレッジが女子サッカーの中心である強みは、強化・育成面でも発揮されていると言います。今泉さんが感心していたのは、アメリカの最先端のスポーツ科学がタイムラグなく女子サッカーに導入されていること。有名大学には世界でも有数のスポーツサイエンスに関わる学科があり、そこで研究された最新のトレーニングが競技の垣根を越えて即採用されていると言うのです。小学生で3つ以上、高校から大学は2つ程度のスポーツを並行して行なうアメリカでは、競技間の垣根やトレーニングに対する考え方の障壁も日本とは比べものにならないほど低いのです。アメリカ女子サッカー界のレジェンド、ミア・ハム選手が、アメリカンフットボール経験者であることはよく知られている話でしょう。日本では遅れていると言われるメンタル強化も、大学の知見を生かした最新心理学に基づいて行なわれています。

余談ですが、ドイツ代表にデータ分析の概念を持ち込んだユルゲン・クリンスマンは、MLBにデータ革命をもたらした『マネー・ボール』のビリー・ビーンと親交があり、彼のコンセプトを下地にデータサッカーを取り入れたと言います。

アメリカのスポーツ風土、特にカレッジでは、競技特性を踏まえた上で選手を"アスリート"として捉え、同じ敷地内で研究されている最先端の知識をそのまま生かしているのです。今泉さんはアメリカでのコーチ留学時代、いまでは日本代表でも採用されているトレーニング中に心拍数をモニタリングしながら行なうハートレイトモニターを使った練習を、どのカレッジでも当たり前のようにやっているのを見て驚いたそうですが、こうした心拍数のコントロールを念頭に置いたトレーニングは自転車競技や陸上競技では古くから取り入れられている試みなので、技術転換はそう難しいものではありません。そのほかにもスプリント大国アメリカのショートスプリントのノウハウや、フィジカルエリートが集うアメリカンフットボール、バスケットボールの筋出力トレーニングなども女子サッカーに生かされているのです。サッカーはこうした「アスリートの能力」だけでは優劣が決まらないことはすでになでしこジャパンが証明してくれましたが、あえて月並みな言い方をすれば、アメリカの"パワーとスピード"を前面に押し出したサッカーの源泉はこんなところにあるのかもしれません

今回はアメリカンカレッジスポーツの競技面でのメリットについてお話ししました。次回は大学の果たす役割と、彼らのキャリアにおける"カレッジの存在"についてお話ししようと思います。

後編:選手を「人」として豊かにする舞台>>

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