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選手を「人」として豊かにする舞台/カレッジスポーツの真価 後編

5月のCOACH UNITED ACADEMYは、大学サッカーの指導者が逆算の発想で考える育成指導のあり方を「大学サッカーからの提言」と題して公開しています。今回も引き続き、女子を中心にサッカー界でも存在感を放つアメリカの『カレッジスポーツ』に注目。レポート後編ではカレッジの果たす役割や、選手のキャリアにおける存在意義についてお伝えします。(取材・文/大塚一樹 写真/COD Newsroom

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<<『スポーツのるつぼ』で磨かれるアメリカのサッカー

■サッカーだけしかできない選手はいない

前回は主に、競技面でのカレッジスポーツのメリットについてお話ししました。女子ではありますが、世界最強の座を守り続けてきたアメリカ女子代表の強さを象徴するのが"カレッジ"だというのは、これからの日本サッカーの育成・強化にある種のヒントを示している気がします。

カレッジスポーツを経由するメリットは、最先端の科学的トレーニングに触れることができる競技の環境面のほかに、学業、精神修練など人生経験が得られるという点も挙げられます。意外かもしれませんが、アメリカのカレッジに属する選手たちは競技を問わずかなりの時間を割いて勉強をします。テストのための勉強だけでなく、自分の興味に基づいた専門分野、人生に必要な学習を行なっているのです。スカラーシップについても「スポーツができれば学業の成績は問わない」という考えはなく、学習時間確保のために練習時間が制限されたり、一定の成績をとらないと試合に出場できないという風に、制度面から「学生の本分」を護るシステムが確立されています。

アメリカのスポーツ強豪校は決まって学業面でも名門校ですから、スポーツ一辺倒でやってきた選手たちには厳しい環境です。逆に言えば、多くのアスリートが早くからカレッジでのプレーから逆算して選手生活を送るので、「サッカーだけしかできない」「スポーツしかしてこなかった」という選手はほとんどいないのです。

■ライフキャリアを見据えた大学での生活

アメリカンカレッジスポーツ主役のひとつ、バスケットボールでは1995年にケヴィン・ガーネット選手が大学を経ずにNBA入りし、大きな話題となりました。その後、コービー・ブライアント選手、トレイシー・マグレディ選手が同じく高校からそのままNBAにエントリーし、カレッジを経由しない選手がひとつのトレンドになりました。スーパースター候補たちがより長くプロキャリアを全うできる道を選ぶのでは? このままカレッジバスケットボールは廃れてしまうのか...という危機感がありましたが、それから20年近く経ったいまも、カレッジは変わらずNBAのスター供給の場であり続けています。

ガーネット選手以前も、有望選手は大学卒業を待たずに"アーリー・エントリー"という形でプロ入りしていましたが、彼らのほとんどはハードなプロ生活と並行して勉強を続け、大学を卒業しています。NBA史に残るビッグマン、シャキール・オニールは8年かけて卒業資格を得て、その後大学院でMBA資格を取得しました。こうした学歴、卒業したという記録だけではない経験値は、アスリートのセカンドキャリアを考える上でも重要です。もっとも彼らにとって大学での勉強は、「セカンドキャリアのため」というより「自分の人生のため」のライフキャリアを考えた行動で、競技生活と人生を分けて考える概念すらないような気がします。

■大学経由でも戦える? むしろ大学経由の方が戦える

サッカー以外の話が続いて恐縮ですが、錦織圭選手の活躍で話題のテニスでも一時カレッジ離れが起きました。著書執筆のお手伝いをさせていただいた慶應大学テニス部の坂井利彰監督によれば、2000年代に入り、それまでは大学経由または大学に拠点を置きながらプレーするのが主流だったアメリカテニス界で、ジュニアで活躍した選手がそのままプロに転向するケースが多く見られるようになったそうです。プロキャリアを早くスタートさせ、早いうちに経験を積む。この考え方自体は間違っていないと思いますが、こうした潮流の結果は残酷なものでした。

当時将来を嘱望されていたエバンス、オウデスマ、ジェンキンスといった選手たちが揃って4年以内に引退。マッケンロー、コナーズ、アガシ、サンプラス、クーリエなどの王者を生み出し、隆盛を誇ったアメリカテニス界が危機に瀕しているとメディアが大々的に取り上げる事態になったのです。それからは、プロ転向を急がず、大学で人間的な成熟を促しつつプロツアーにも出場するという原点回帰が見られるようになりました。

坂井監督はアメリカの大学が運営するプロテニスツアーの公式試合に感動し、日本でも大学を拠点にしたプロ選手育成を試みようと賞金総額5万ドルの大会『慶應チャレンジャー国際テニストーナメント』を主催しています。錦織選手のような"超天才"は早くから世界に出てスーパーエリートの道を進むのが正解ですが、大学で規律や努力の価値、テニス以外の興味を深め研鑽を重ねる道筋があってこそ日本のテニス界は豊かになるという考えのもと行動し、"テニス界の長友佑都"つまり「晩成型」の選手を世に送り出そうとしているのです。

日本でもJリーグやプロ野球で、高卒プロ入りか大学を経由するのかは大きな決断です。プロ生活を早く始めるのか、少し経験を積んでから始めるのか。スタートが早い方が長くプレーできる場合もあれば、ゆっくり準備した方が結果的に現役寿命を延ばせる場合もあります。

今回ご紹介したアメリカのカレッジスポーツでは、大学を経由してもカレッジスポーツ自体が競技レベルや人気、社会的価値といった面で十分に競争力があり、さらに学業面でも十分な研鑽が重ねられるようにカリキュラムが組まれています。日本の大学でも前述の慶應大学のテニス国際トーナメント運営や、早稲田大学のアディダスジャパンとの提携、サッカー界でも大卒Jリーガーの増加傾向、女子サッカーではなでしこリーグ2部所属の日体大がプロ化するなど、大学を軸としたキャリアプランという発想が生まれつつあります。

サッカーに関していえば、大学サッカーの知名度アップ、露出の増加、運営、学業との両立、競技力、競争環境の担保などまだまだ課題はありますが、アメリカのアスリートたちがカレッジを選択するように、日本でも「大学だからこそできること」を考える時代になってきているのではないでしょうか。

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