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選手が主体的に動き出す『慶應メソッド』/慶應義塾大学ソッカー部・須田芳正監督インタビュー 前編

5月のCOACH UNITED ACADEMYテーマは「大学サッカーから逆算で考える育成指導」。今回は特別編として、名門・慶應義塾大学ソッカー部を指揮する須田芳正監督のインタビューをお届けします。現在、日本サッカー次世代のエースとして注目を集めるFC東京の武藤嘉紀選手が、多大な影響を受けたという須田監督の指導論について、前編は一流を育てる『慶應メソッド』のお話を中心にご紹介します。(取材・文・写真/小須田泰二)

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■自由に意見できる環境を大事にする

―須田監督はJリーグの浦和レッズなどでプレーした後、フットサル日本代表としても活躍してきた経験をお持ちですが、現在の大学サッカーの役割についてどのように捉えていますか?

須田:大学サッカーの歴史を振り返れば、Jリーグのそれよりもずっと長い。言い換えれば、日本のシステムというのはまず大学サッカーがあり、その後にJリーグが生まれているわけで、サッカー選手の受け皿として担ってきた役割は大きいのではないでしょうか。活動の場のひとつとして、日本では欠かせないカテゴリーだと思っています。カレッジサッカーが盛んな国は、世界を見渡してもアメリカ、日本、韓国ぐらいですから、まさにオリジナルの強みであると思います。

―FC東京の武藤嘉紀選手のように、大学サッカーを経由してJリーグ入りする選手も増えています。

須田:ヨーロッパで言うところの"サテライトチーム"の役割を担っていると思いますね。最近は高校生がJリーグに入るケースはごく稀で、Jリーグクラブの強化の一部にもなっています。大学は"最後の"育成の場として勝利を追求していける場所であり、プロの世界とは違って利害関係なく真剣勝負ができるので、成長につながる経験を積める非常に重要なカテゴリーでしょう。フィジカル的にもメンタル的にも成長できる、まさに人間形成の場ですね。

―噛み砕いて言うと、具体的に「人間性」の育成とは何でしょう?

須田:他の大学もいろいろな人間教育をやっているとは思いますが、自立心とか、チームのために何ができるか、人のために何ができるか。そういうところでしょう。うちの大学自体がずっと"学生主体"をキーワードにしており、ソッカー部も運営に関してイチからすべて学生がやるんです。自らミーティングして主務や学生コーチを選んだり、チケットの手配から宿泊の手配まですべて行なう。ルールを守れなかった学生に対する処罰なども学生が取り決めするので、1年間を通じて相当量のミーティングをしています。

―監督選びについても選手が決めるのでしょうか?

須田:各クラブはOB会が運営していますから、基本的にはまずは強化委員会で話し合い、OB会で決議していく流れです。OB会と選手との距離感も近いので日頃から"大人"と接する機会が多く、社会性も自然と身に付くでしょうね。OB会と学生のつながりという点に関しては、歴史があればあるほど強いと思います。慶應の特徴のひとつと言えるでしょう。

―すべては選手に決定権があるのですか?

須田:いいえ。最終的な決定権は監督にありますが、学生が上げてきたものに対して基本「ノー」は言いません。大学の理念として"半学半教"の精神を重んじていて、学生も教員も学び合う"仲間"であり、そこに権力的な上下関係はありません。完全に平等なんです。ソッカー部では僕のことを「須田監督」ではなく「須田さん」と呼ぶ。同じサッカーを追求している仲間なんです。大枠を決めるのはこちらですが、中身のほうは学生の意見を尊重しています。そうした意見を自由に出し合える『空気作り』というのをすごく大事にしていますね。それが慶應独特の育成メソッドと言えるかもしれません。

■良い選手を見分ける3つの条件とは

―慶應の育成メソッドにおける良い選手の基準は何でしょう?

須田:3つあります。「主体的に行動できること」「ハードワークできること」そして最後は「オンリーワンを持っていること」です。言い換えれば、試合状況に応じて柔軟にプレーできて、チームのために献身的な動きができて、誰にも負けない武器を持っている選手ですね。特にオンリーワンを持っているというのは必須条件だと考えています。

―オンリーワンの条件はありますか?

須田:特にありません。ヘディングが強い、足が速い、誰よりもキック力がある、という程度でいいんです。特徴のないところが特徴だというならそれでもいい。そういう選手を組み合わせて生かすのが監督の仕事になるわけですから、選手には日々の練習で猛烈に磨いて、ピッチ上で強烈な個性を発揮してもらいたい。学生たちにはそのために毎日やるべきことを書いてもらっています。

―いわゆるサッカーノートみたいなものですか?

須田:強制的なものではありません。義務になるのは良くないので、特に提出もさせません。むしろ、自分自身で書いておく習慣を身に付けるということ。書くことはとても大事だと思いますね。主体的に取り組む姿勢が出てきますから。やはり、あくまで"主体的に"というのが我々のキーワードです。

―「主体性」への取り組みとしては何がありますか?

須田:テクニカル部隊の活動、いわゆるスカウティング活動ですね。およそ10年前、データスタジアムという会社の森本美行さんにご協力いただいて、データを駆使した分析チームを作ったのです。我々ソッカー部は100人以上の学生がいますが、「大学チャンピオン」というチーム目標に対して学生全員に役割を持たせたくて、そのひとつとして「スカウティング担当」という役割を作ったのです。実際にデータスタジアムのオフィスに通い、対戦相手のスカウティングから自分たちの試合結果まで、あらゆるデータを駆使してチーム強化につなげていった。週1回のミーティングで担当者がプレゼンをし、学生みんなで意見交換しました。森本さんにもコーチとして参加いただき、ミーティングでデータの説明をしていただくなど、本当にお世話になりました。

―データ分析を取り入れた効果はありましたか?

須田:もちろんありました。テクニカル班の学生が、分析活動をすることで"サッカー頭"が良くなっていくのか、選手としても成長してレギュラーを勝ち取ったケースがあります。また、対戦相手の試合やトレーニングマッチを撮影して弱点をピンポイントであぶり出し、その情報を共有してピッチで実証する...そんなふうにスカウティングの力で勝利した試合は何度もあります。いまでもスカウティング活動は欠かさず行なっていますが、すっかり他の大学からも警戒されるほど、レベルの高さは大学ナンバーワンだと自負していますよ。

後編:FC東京・武藤嘉紀に見る一流プレーヤーの条件>>

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須田芳正(すだ・よしまさ)
1967年8月22日生まれ。東京都出身。暁星高、慶應義塾大を経て東京ガス(現・FC東京)へ入団。その後、浦和、甲府でのプレーを経て1994年に一度現役を引退したものの、2000年にフットサルプレーヤーとして活動再開。フットサル日本代表メンバーとしてプレーした後、2年間同代表コーチを務めた。2004年に母校・慶應義塾大ソッカー部の監督に就任。2007年から2年間オランダへの指導者留学を挟み、2011年に同ソッカー部の監督に復帰した。元フットサル連盟理事。UEFA・B級指導者ライセンス取得。