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FC東京・武藤嘉紀に見る一流プレーヤーの条件/慶應義塾大学ソッカー部・須田芳正監督インタビュー 後編

5月のCOACH UNITED ACADEMY「大学サッカーから逆算で考える育成指導」特別編としてお送りしている慶應義塾大学ソッカー部・須田芳正監督インタビュー。前回は「主体性のある選手を育てる」という慶應の育成メソッドについてご紹介しましたが、後編ではFC東京の武藤嘉紀選手を例に挙げながら、一流選手になるために必要な資質について語っていただきました。(取材・文/小須田泰二 写真/Reiko Iijima)

20150528.jpg(C)JUFA/REIKO IIJIMA

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■彼には人間性を高めるための環境を与えた

―FC東京の武藤嘉紀選手について伺います。まずは入団当初の印象はいかがでしたか?

須田:ボールを持ったらゴールへ一直線。入学前からその才能の片鱗を見せていましたね。初めてのトレーニングマッチでハットトリックを決めたときは驚きました。リーグ戦が始まってからも勢いは止まらなくて、関東大学リーグ戦でもリーグ王者の専修大を相手に2発叩き込んだりと、調子に乗ったら手に負えない。左ヒザ半月板を損傷してシーズン途中で離脱しましたが、7試合に出て6ゴールのペースで決めていた。そのままプレーしていたら新人王と得点王を普通に獲れていたと思います。

―FC東京ユースからトップチームへ昇格することもできたそうですね。それでも慶應義塾大ソッカー部を選んだ理由は何でしょう?

須田:その経緯は分かりませんが...彼のサッカー人生を考えると、うちを選んでプラスになったと思います。たとえば、1年のときに左ヒザの半月板を損傷したとき、半年間のリハビリ期間をポジティブに捉えてウエイトトレーニングに充てた。そうしたら校内で見かけるたびにどんどん身体が大きくなって、文字通りパワーアップしてピッチに戻ってきました。普通、半年間のケガをしたら心が折れてしまうものですが、彼は本当にスマートな選手ですから、自分の置かれた状況を把握して何でも前向きな姿勢で取り組んでいましたね。

―武藤選手は「いまの自分があるのは須田さんのおかげ」と話しているそうですが、どんなことを教えたのでしょう?

須田:社交辞令のところもあると思いますが、僕から教えたことは何ひとつありません。ただ、武藤選手のみならず学生にはいろいろな環境を与えたつもりです。慶應義塾大の"半学半教"という独特の文化に触れることで、必然的に人間性を鍛えることができたのではないかと思います。

―具体的にはどんな環境を与えたのでしょうか?

須田:たとえば3年生の夏、延世大との定期戦で韓国遠征に行ったんですが、当時のキャプテンがJリーグクラブの練習に参加していたので、代役として武藤選手を指名したんです。レセプションのスケジュール管理をしたり、部歌を披露したり、スピーチを用意したり、さらにはOBの方々に対する振る舞い方など、まさにゼロから取り仕切らなければいけない状況の中で、キャプテンとしてチームをまとめてもらった。その経験は彼の人間性を高める上でもすごくプラスになったと思います。

―環境を与える...つまり責任を与えたということでしょうか?

須田:そうですね。もしかたら、武藤選手にはそうした経験ができたことを感謝してもらえているのかもしれません。ただ、普段からOBの方々との付き合いや学生だけのミーティングを通して社会性を身に付けていけたのは、もちろん彼自身の努力の賜物です。自分に限界を作らないで、集中して前向きに取り組んできた。その姿勢がある限り、これからも成長し続けるのではないでしょうか。

■"いい加減"の指導スタンスでちょうどいい

―高い人間性と技術を兼ね備えた武藤選手のような一流プレーヤーを育てるには、ジュニア年代からどんな指導をするのがいいと思いますか?

須田:あまり教えすぎないほうがいいんじゃないかなと、個人的には思いますね。武藤選手が素晴らしい選手になったのは、彼の才能であったり努力によるところが大きいですから。

―もし須田監督が実際にジュニア年代のチームを教えることになったら、どんなトレーニングメニューを取り入れますか?

須田:毎日フットサルばかりやらせますよ。サッカーというのは教えるものではありませんから。実際、ブラジルの子どもたちはサッカーをやらずにフットサルばかりしています。ミニゲームではダメ。フットサルのほうが子どもたちに適したトレーニングだと思いますね。

―フットサルを取り入れる良さとは何でしょう?

須田:競技性が強いところですね。いまは攻めるべきか、守るべきか、時間を稼ぐべきか...。そういったことが自然と学べる。「ゲームの流れを読む力」なんて教えられるものではないですから。11人制よりもボールに触れる機会がたくさんあるので、純粋にフットサルを楽しむだけでもいいですが、しっかりフットサル競技としてやらせてあげたらいろいろな技術が身に付く。勝利至上主義になり過ぎるのはナンセンスですが、勝負の楽しさを知ることはとても大事なことだと思います。

―他に取り入れたいものはありますか?

須田:たくさんありますよ。フットサルだけではなく、ビーチサッカーであったり、ソサイチ(※7人制もしくは8人制サッカー)であったり、サッカーファミリーと呼ばれるものを柔軟に取り入れていきたいですね。ビーチサッカーだったらつま先で浮き球を扱う感覚が身に付いたり、子どもたちにたくさん経験させてあげれば自然と技術や柔軟性が伸びますから。

―そうした須田監督の指導哲学はどこから生まれたのでしょうか?

須田:暁星高校の恩師である林義規先生の教えが大きいですね。あの方のスゴさは"いい加減"なところ。悪い意味ではなくね。余力を残しながら指導にあたるところが素晴らしいと思うんです。チームにも選手にもパーフェクトを求めない。もちろんいい準備をすることは大事ですが、"いい加減"ぐらいでちょうどいい、と僕自身も思っています。

―なるほど。

須田:最近、ある指導者の方から教えていただいた話なんですが、ブラジルの指導者に「ジュニア年代の指導で大切なことは何ですか? 」と聞いたところ、次の2点を教えられたそうです。それは「ケガをさせないこと」と「サッカーを嫌いにさせないこと」。ずっとサッカーをやりたいと思わせることができたら、必然的にサッカーファミリーが増えることになる。そのベースになるのがジュニア年代の育成なので、とても大事なカテゴリーだと思います。勝利を求めるのはもちろん大切なことですが、指導者がそればかり追求するあまり、子どもたちを犠牲者にしてはいけない。もっと視野を広く持って、みんなで協力しながらサッカーファミリーを増やしていく...というスタンスでいいんじゃないかと思います。基本的には余力を残しながら、次のカテゴリーへバトンを渡す気持ちで、もっと楽に教えていったらいいのにと思いますね。

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須田芳正(すだ・よしまさ)
1967年8月22日生まれ。東京都出身。暁星高、慶應義塾大を経て東京ガス(現・FC東京)へ入団。その後、浦和、甲府でのプレーを経て1994年に一度現役を引退したものの、2000年にフットサルプレーヤーとして活動再開。フットサル日本代表メンバーとしてプレーした後、2年間同代表コーチを務めた。2004年に母校・慶應義塾大ソッカー部の監督に就任。2007年から2年間オランダへの指導者留学を挟み、2011年に同ソッカー部の監督に復帰した。元フットサル連盟理事。UEFA・B級指導者ライセンス取得。