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選手の『アスリートライフスタイル』を気にしていますか?

選手がさらに成長するためには何をすればいいか――。競技レベルの差やカテゴリーを問わず、スポーツに関わる指導者・関係者の共通の課題だと言えるだろう。その想いに対して、平成24年度の文部科学省委託事業から始めた『アスリートライフスタイル』という考え方について、事業を推進する独立行政法人 日本スポーツ振興センター(JSC:JAPAN SPORT COUNCIL)スポーツ開発事業推進部の山田香さんにお話を伺った。(取材・文/鈴木智之 写真/woodleywonderworks

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■アスリートとしての"ライフスタイル"がパフォーマンスの源泉

近年、スポーツの現場において、競技力の向上以外に焦点を当てるチーム・指導者が増えている。特にサッカーの育成年代においては、その傾向が顕著だ。指導者が選手に一方的に「これをしなさい」と与えるだけのトップダウン型の指導から、選手が主体となって動く"ボトムアップ型"の指導を取り入れるチームも増えてきた。育成年代の選手における「メンタル面の大切さ」を理解する指導者は、スポーツ心理学の専門家であるメンタルトレーニングコーチを呼び、チーム単位や地域単位で講習会を行なっている。

その根底に流れる想いは「競技力の向上は人間的な成長と密接に関わっている」という考え方に他ならない。ただボールを蹴っているだけでは、競技力の向上を考えたときに行き詰まってしまう。そう考えた指導者たちは、さまざまな角度から選手たちに刺激を与え、人間的な成長を促している。

選手がさらに成長するためには何をすればいいか――。これは競技レベルの差、カテゴリーを問わず、スポーツに関わる指導者・関係者の共通の課題だと言えるだろう。独立行政法人 日本スポーツ振興センター(JSC:JAPAN SPORT COUNCIL)スポーツ開発事業推進部の「タレント発掘・育成コンソーシアム」の中で推進するアスリートライフスタイルとは、「パフォーマンスを最大限に高めるための考え方や習慣」のこと。アスリートライフスタイルを提案する、JSCの山田香さんは、事業の成り立ちを次のように語る。

「2020年にオリンピック・パラリンピック競技大会が東京で開催されることが決まり、社会の中でのスポーツの価値や注目度が変化してきました。アスリートを取り巻く環境が変化する中で、アスリートはパフォーマンスの向上だけではなく、社会のロールモデルになっていくことが期待されています」

パフォーマンスを最大限に高めるために、どのような考え方で、どのような生活を送ればいいのだろうか。日常生活における考え方や習慣は、練習や試合でのパフォーマンスに直結する。ただ漠然と日々を過ごすのか、それとも目標を意識して、そのために計画を立ててトレーニングをしていくのか。そのような考え方をジュニア年代から行なっていくことで、アスリートとしてのベースができる。

JSCでは、地域のタレントからナショナルタレント、年代別の世界大会に出場するような「育成アスリート」、さらにはオリンピックや世界選手権に出場する「強化アスリート」といったように、ジュニア年代をスタート地点とし、トップのアスリートを目指して階段を駆け上がっていく道筋を「アスリート育成パスウェイ」と定義している。

■日常生活から育まれる考え方や習慣に着目する

サッカーに限らず、多くのスポーツにおいて「ジュニア年代の取り組みが大切」と言われている。一般的に、運動能力や神経系が発達する12歳前後の年代までに、どのようなトレーニングで動きを身に付けるか。動き作りのベースが形作られていく時期であり、その重要性は多くの専門家が指摘している通りだ。

ベルギーのある研究によると、トップのアスリートは6~7歳で組織化された競技スポーツの最初の段階に入り、才能を見出された選手は12~13歳で高度なトレーニングや試合に取り組むようになる。そして、18~19歳で最高レベルの試合に出場するようになり、28~30歳でトップレベルを退いていくという。サッカーの現状を見ても、この研究結果におおよそ当てはまっていることがわかる。

つまりは、トップレベルの引退時から逆算して、目指す目標に到達するために「いま何をすべきか」を考える力が重要になる。それはスポーツの現場だけで培われるものではなく、日常生活や学校での勉強、周囲の大人との関わりの中で形成されていくものと言えるだろう。

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山田さんは、アスリートライフスタイルの重要性をこう語る。

「アスリートとしてレベルアップするために、どのような生活を送ることが大切なのか。限られた時間を有効に活用し、人生の目標に向かって日々の生活を送ることは、パフォーマンス向上の観点からも重要です。具体的には、目標設定やトレーニング、栄養や睡眠など、学業や仕事などとのバランスを保ちながら、パフォーマンスを最大限に高めるための考え方や習慣をアスリートが主体的に実践していくことが大切です。アスリートがパフォーマンスを上げるために必要な要素を、普段の生活の中で組み合わせていく。その考え方をお伝えしています」

JSCでは、次世代を担う地域の有能なタレント・アスリートを対象に、夏休みや冬休みなど、長期の休みを利用したプログラムを実施している。そこでは実際の専門的トレーニングだけでなく、座学などを通じてアスリートライフスタイルを知り、それを身に付けるために必要な方法を体験させているという。

自身も競泳のトップアスリートとして、世界選手権に出場した経験のある山田さん。ジュニアアスリートを前に、自らの経験を話す機会も多いという。

「反応良く聞いてくださるのは、自分がうまくいかなかったときの話や失敗談です。私自身、競泳をやっていて、何年間も自己ベストが更新できなくて悩んだことがあったのですが、そのときにどうやってきっかけを見つけたかといった話や、アスリートが感じるストレス、競技を続けていく上でぶつかる壁などについても、お話させていただいています。これは競技種目、競技レベルに関係なく、多くのアスリートに通じることだと感じています。自分のライフスタイルについて見つめ直し、いま何をしなければいけないかを考えてみようと、目標設定の話をすることもあります」

アスリートライフスタイルの質を高めることは、結果としてパフォーマンスの向上にもつながる。オーストラリアのトップアスリートを対象にした調査によると、スポーツ場面以外の活動が充実しているアスリートは高いパフォーマンスを発揮することができ、キャリアを延長させるケースも多いという。また、スポーツ以外の生活で刺激を受け、人生や生活のバランスを保つことで、スポーツに対する意欲が高まるという研究報告もある。

アスリートとしての高いパフォーマンスは、グラウンドの中だけでなく日常生活においても育まれていくものだ。多くの指導者がその重要性に気づいている昨今、アスリートライフスタイルのような取り組みを多くの人々が共有することができれば、日本のスポーツレベル、ひいてはスポーツ環境も向上していくことだろう。

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