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戦術の定義とは「選手同士がコミュニケーションをとるためのツール」である

2016年1月、市立吹田サッカースタジアムでワールドフットボールアカデミーのセミナーが行われた。講師はピリオダイゼーションでおなじみの、レイモンド・フェルハイエン氏。前回の記事では、サッカーの状況において脳をトレーニングするフットボールトレーニング=『フットボールブレイニング』を紹介したが、後編ではレイモンド氏が考える戦術の定義とトレーニングについての考え方をお伝えしたい。(取材・文/鈴木智之)

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<<前編:サッカーの状況において脳をトレーニングする『フットボールブレイニング』とは?

■プレーのスピード、テンポを上げる3要素

サッカーを語る上で、欠かすことができないのが戦術だ。日々、新たな戦術が生み出され、それを攻略するために、新たな戦術が生まれることでサッカーは進化してきた。レイモンド氏は戦術を「選手同士がコミュニケーションをとるためのツール」と定義する。

「試合中、ボールを持っている選手と周りの選手がコミュニケーションをとりますが、そのもとになるのが戦術です。選手同士でコミュニケーションをとり、状況を判断し、実行に移す。それがプレーのサイクルです」

試合中のコミュニケーションは言葉だけに限らない。身振り手振りで意思表示をする方法もあれば、走る方向、パスのコース、強弱など、自分の考えを相手に伝える方法は無数にある。このように言語的、非言語的なコミュニケーションをとることで、選手同士はお互いにいまどのような状況かを認識し、共有する。そして戦術をベースとし、選手達はアクションを起こす。

コミュニケーション、状況判断、実行のスピードが速ければ、プレーのスピード、テンポも上がる。2010年の南アフリカW杯、2014年のブラジルW杯でチャンピオンになったスペイン、ドイツはここにあげた3つの要素を、代表チームレベルでは極限まで高めたチームだった。

「2010年のスペイン代表には、スタメンにペドロ、イニエスタ、シャビ、ブスケッツ、ピケ、プジョルと、FCバルセロナの選手が6人いました。2014年のドイツ代表にはバイエルン・ミュンヘンの選手が7人いました。2010年のFCバルセロナと2014年のバイエルン・ミュンヘンを率いていたのが、ペップ・グアルディオラです。彼は間接的に、2回W杯で優勝した監督と言えるでしょう」

近年、代表チームは活動の期間が限られており、複雑化した戦術を浸透させるための時間が十分にあるとは言いがたい。そこで、スペインやドイツはクラブチームをベースに代表チームを作り、戦術的なオートマティズムを高いレベルに引き上げることに成功した。

■コミュニケーションを高めるトレーニング法

レイモンド氏はトレーニング時にコミュニケーションを高める方法として、次のような提案をする。

「パスやポゼッション、フットボールコンディショニング、戦術練習といった、どのようなトレーニングであっても、選手間のコミュニケーションを向上させるものであるべきだと考えています。たとえば、3人で行うトライアングルパス。敵がいない状況のトレーニングは、単なるキックの実行の練習に過ぎず、そこにはコミュニケーションもなければ、いつ・どのような状況でパスを出すかという判断の要素もありません。もしパスのトレーニングをするのであれば、ここに動いた時に、こういうボールが欲しいといった、言葉を使わないコミュニケーションを高める要素もトレーニングするべきです」

具体的な練習のオーガナイズは、個々の指導者の感性に譲るが、考え方としては非常に合理的だ。プレーの実行だけでなく、判断やコミュニケーションを同時に高める要素を追求することで、トレーニングの質は上がる。サッカーに必要なのは機械的なプレーの実行だけではなく、状況に応じた技術の選択や判断をともなった実行であり、周囲と連動してボールを動かしていくことである。

「トレーニング中は、試合の中でコミュニケーションをとるべきポジションの選手を同じグループで扱います。たとえば、4対2のポゼッションの練習をするのであれば、右サイドバックと右サイドハーフ、右ボランチと右センターバックで1つのチームを作るといったように、11人の一部を取り出してトレーニングをします。決して、適当にメンバーを選びません」

レイモンド氏は「フットボールとは、良いオーガナイズの中で行われるもの」と前置きをした上で「練習はチームメイトの動きを予測可能にするために行います。チームメイトがどのような身振りをするのか、練習の中で学ばなければいけません」と語る。

「6対6のフットボールコンディショニングゲーム(※人数に応じてグリッドの広さ、プレー時間を調整する高負荷トレーニング)をする場合、互いにマンツーマンでプレーすると、GKは味方にパスを出しにくくなります。そこで、コーチが『フットボールコンディショニングゲームだから、テンポを落とさずプレーしよう』と言うと、局面の争いばかりになってしまいます。私は1対1の"ファイトボール"ではなく、選手が連動してラインを上下動したり、左右に動くといった、オーガナイズされたフットボールをしたいと考えています。たとえば、システムが(1)-4-3-3のチームAと(1)-4-4-2(中盤菱型)のチームBが対戦すると、チームAは中盤が3人に対し、チームBは4人います。つまり、3対4の数的不利の状況です。この戦術的な問題を、選手同士はピッチの上でコミュニケーションをとることで、解決しないといけません。そのためには、コミュニケーションを高める練習をすることが必要です。そのようなトレーニングを繰り返すことで、試合中に解決策を見出すことができるようになります」

サッカーはチームスポーツだ。個々のアクションの質を高めるだけでなく、チーム全体としての調和がとれていなければ、良いパフォーマンスを発揮することはできない。レイモンド氏の問いは、常に根源的で本質的だ。今回のセミナーにも多くの日本人指導者が集まったが、それぞれの観点から大きな気づきを得たようだった。

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なお、このセミナーでは全世界で読まれているレイモンド氏の著書「サッカーのピリオダイゼーション Part 1」の日本語翻訳本の完成お披露目イベントも同時に開催。この日集まった「サッカーのピリオダイゼーション」理論の最上級コースであるスペシャリストコースを修了した参加者へは、レイモンド氏より同本が直接手渡された。同氏も、ここに集まった指導者達が今後日本サッカー界の最前線で活躍をされ、そして自身の理論が日本サッカーの発展に役立てられることを大いに期待していた。


レイモンド・フェルハイエン(Raymond Verheijen)
1999年にオランダ代表スタッフに抜擢されて以来、ヒディンクや、ライカールト、アドフォカート、ファン・ハールなどの名監督とともに、オランダ代表、韓国代表、ロシア代表、FCバルセロナなど世界各国さまざまなチームでサッカーのピリオダイゼーションを実践してきた。サッカーに特化したピリオダイゼーションの分野における先駆者である。

取材協力:ワールドフットボールアカデミー・ジャパン


取材・文 鈴木智之
写真 ワールドフットボールアカデミー・ジャパン