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プロ経験も実績もない日本人コーチが欧州で認められた理由とは?【連載】The Soccer Analytics:第1回

「オランダでは、ひとつの指針に従って『サッカーを分析する』という文化が確立されています。これは、トップリーグであるエールディビジでも、グラスルーツでも同じことです」

サッカーの分析。そう聞いてみなさんはどんなことを思い浮かべるだろう? 2010年代になってにわかに注目を集める最新テクノロジーを駆使した"サッカーのデータ革命"。ドイツ代表の成功例を筆頭に、昨季、Jリーグでも始まったトラッキングデータの提示、ラグビーのエディージャパンが採用しているドローンを用いた上空からのビデオ撮影・・・・・・。現在日本のサッカーの現場では「分析」という言葉が広範にそして曖昧に使われている。

冒頭の言葉は、オランダの名門・アヤックスでU-17,18,19のユースカテゴリーでアナリストを務める日本人、白井裕之さんの言葉だ。(取材・文/大塚一樹)

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「サッカーは機械で判定できるような単純なスポーツじゃない」「データがあってもそれをプレーするのは人間だ」「サッカーはテレビゲームじゃない」「机上の空論をいくら検討してもサッカーがうまくなるわけじゃない」

『サッカーの分析』と聞くと、こんな否定的な言葉がわき出てくる、それ自体に批判的な人もいるかもしれない。しかし、多くの要素がうまく整理されない「分析」という言葉に集約されて、誤解されたまま伝わってしまった『サッカーを分析すること』は、実はもっとシンプルで、日々グラウンドで試行錯誤するグラスルーツの指導者が求めるものとも言える。この連載「The Soccer Analytics」では、欧州の最前線で活躍するバリバリの現役アナリストであり、サッカコーチとして分析やデータにアプローチをしている白井さんに「本当のサッカーの分析」について、丁寧に聞いていく。

オランダで学んだ「サッカーを分析する文化」

「はじめにお話ししたオランダ人の話は、観念的な話ではなく、オランダで指導者になろうと思ったら、サッカーの原則を学ぶこと、そしてその原則に基づいた『ゲーム分析』ができることが必須条件です。これはグラスルーツの指導者ライセンスでもカリキュラムに組み込まれていますし、オランダサッカー協会が定めた分析方法というものをきちんと教わる。その下地がないと、他の指導者ともチームスタッフ、選手ともコミュニケーションがとれないでしょうね」

24歳で単身オランダに渡りアマチュアチームのコーチ、監督を歴任してきた白井さんがまず感銘を受けたのは、サッカーに対するオランダの取り組み方だった。

「ミケルスのトータル・フットボール、そしてクライフ。アヤックスやオランダ代表のもたらした成果をプレーモデルとして確立したオランダは、『サッカーとは何か?』ということに自分たちなりの明確な答えを持つに至った。指導者はそれを基準に指導法を学び、選手も、子どもたちも、スタジアムに来るおじさんもみんなオランダのサッカーがなんなのか知っている」

たとえば、ビルドアップ。日本では曖昧に「攻撃の組み立て」と表現されるビルドアップも、オランダでは「ゴールキック、またはゴールキーパーからのパスからチャンスを作るまで」という明快な定義がある。チャンスの定義もきちんと決まっていて、日本のように、つないで、崩して、シュートを打って、で、どこがチャンスだったんだろう? という判断する人によるブレは生まれにくい。

「指導者は選手とコミュニケーションをとるのが仕事。共通言語を持っていない指導者は、選手と本当の意味でコミュニケートすることはできませんよね」

白井さんがアヤックスのサードチームに当たるアマチュアチームのスタッフに抜擢されたのは2011-12シーズンのこと。それまでアマチュアクラブでコーチ、監督を歴任していた白井さんは、コーチングスタッフとしての入団を希望していたが、欧州での実績に乏しい東洋人に恵まれたポストなどあるはずもなかった。

「ビデオ分析ならどうだ? 日本人だし、得意だろ?」

当時アヤックスのアマチュアチームの監督に就任した恩師が、クラブと掛け合って用意してくれたポストが、ゲーム、ビデオアナリストの席だった。
「SONYや家電メーカーのイメージがあったんでしょうね。『パソコンならできるだろ?』くらいの感じで声をかけてもらいました」

当時、欧州では、ビデオやトラッキングデータを使った分析が必須項目になりつつあった。アヤックスでもトップチームが導入していたビデオ分析やデータ分析を他のチームやユースカテゴリーにも導入したいと思っていた。そこで抜擢されたのが白井さんだった。
「コーチとしてやっていく上で、自分のスペシャリティを身につけたいと思っていた。分析に関することを実地で学べるならこれは渡りに船だと思いました」

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サッカーを分析するということ

オランダの名門アヤックスには数々のレジェンドがスタッフとして在籍している。オランダサッカーに魅せられた白井さんは、EURO88の優勝時にストライカー、ジョン・ボスマンやバルサ、一時は大分でもプレーしたリシャルド・ビチュヘ、同じくアヤックス、バルサで輝きを放ったDFヴィンストン・ボハルデら当時の憧れの選手たちを向こうに回してサッカーの分析をしなければいけない。

「彼ら相手に経験則で話はできない。客観的事実をどう伝えるか。それがサッカーを分析する肝のところでしょう」

サッカーの分析と一言で言っても、その作業や領域は多岐にわたる。白井さんによれば、サッカーの分析は、ゲーム分析、ビデオ分析、データ分析の3つに大別され、欧州の最先端でも、つい最近までこれらがバラバラに分析され、クラブの最高指揮官、つまり監督の裁量でピッチ上の戦術や意志決定に反映されていたのだという。

「ビデオ編集ができる人、データを収集するITに強いエンジニア、こうした人材がサッカーの現場にいることは今でも良くあります。しかし、早いチームは、これらすべてを "サッカーの言葉"に変換して関連性を持たせ、サッカーのパフォーマンスアップに活かせる人材が必要じゃないかということ言いはじめています」

「サッカーの分析」は「サッカーの言葉」で。白井さんは、これらを武器に、オランダのサッカーを知り尽くし、体に染みついているクラブのレジェンドたちと日夜意見を交わし、クラブが目指すべきサッカーの基準判定、プレーやトレーニングの効果測定を行っている。
「日本人であることでなんとかアヤックスに席を置けたというのは半分笑い話ですが、アナリストに求められる緻密さや真面目さ、データを積み重ねて検証していく我慢強さは、日本人の気性には合っていると思います。あとは、サッカーの言葉を理解すること。これさえできれば、たとえば欧州のビックラブで日本人スタッフが活躍するチャンスは広がると思いますね」

この連載名でもある「The Soccer Analytics」は、オランダサッカー協会(KNVB)が推奨するゲーム分析理論をベースに、白井さんが日本の指導者向けに改良を加え、「サッカーの観方」「サッカーの分析方法」を体系化した新しいメソッドの名称でもあります。

データサッカーが席巻する欧州の舞台で現場を預かる日本人アナリスト。この連載では、白井さんが現場で得た知見、カテゴリーやプレーレベルに関係なく普遍的に使える本物のゲーム分析方法について、少しずつ紹介していきます。

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239名中、93%の指導者が使ってみたいと回答した白井裕之さんのゲーム分析メソッド「The Soccer Analytics」について詳しく知りたい方はこちらをクリックしてください!>>

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
1977年愛知県生まれ。18歳から指導者を始める。24歳のときにオランダに渡り複数のアマチュアクラブのU-15、U-17、U-19の監督を経験。2011/2012シーズンから、AFCアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ、ゲーム・ビデオ分析担当者として入団し、その後、2013/2014シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストとして活動中。UEFAチャンピオンズリーグの出場チームや各国の優勝チームが参加するUEFAユースリーグでも、その手腕を発揮し高い評価を得ている。オランダサッカー協会指導者ライセンスTrainer/coach 3,2 (UEFA C,B)を取得。

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