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指導者の好みで選手を評価しない!オランダサッカーが示す"良い選手"の新基準とは【連載】The Soccer Analytics:第8回

「指導者は選手の未来に触れている」これは、かつてUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)のテクニカルダイレクターを務めたアンディ・ロクスブルグの名言だが、育成年代の選手に関わる指導者は、無限の可能性を秘めた選手の将来を左右するとても大切な役割を担っている。

ここまでは主にチームタスク、チームファンクションについてのゲーム分析を解説してきたが、ゲーム分析には、もちろん選手個人の分析も含まれる。

先日の訃報が世界中に悲しみを与えたヨハン・クライフにはじまり、デ・ブール兄弟、パトリック・クライフェルト、エドガー・ダーヴィッツ、クラレンス・セードルフ、ミヒャエル・レイツィハー、エドウィン・ファン・デル・サールら95年のチャンピオンチーム、ウエズレイ・スナイデル、ファン・デル・ファールトらを続々とトップリーグ、メガクラブに送り込み続けてきたアヤックスでは、どのような基準で選手を分析、評価しているのか?

育成の仕上げともいうべき、17歳~19歳のカテゴリーで実際に現場に立つアナリスト/パフォーマンスコーチである白井裕之さんに聞いた。(取材・文/大塚一樹)

白井裕之氏がサッカーの分析方法を映像で解説!
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Photo by Timo Dierckx

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指導者の好みで選手の良し悪しが評価されるべきか?

「活躍した選手が毎年のようにビッグクラブに引き抜かれていくアヤックスのようなチームでは、22歳まででスタメンを取れるような選手を育て続けなければいけません」

一部のメガクラブとの財政的な差が顕著になり、アヤックスのようなクラブにとって「アカデミー出身の即戦力」が生命線という傾向がさらに加速している。アヤックスにはオランダ中(ときには国外からも)からタレントを持つ選手が集まってくるとはいえ、メガクラブの財力やスカウト網を考えると、大量の素材をふるいにかけて残ったものを料理するようなやり方をしていては、選手供給はいずれ枯渇してしまう。

「良い選手がいれば、とにかく呼んでみる。それで数週間練習に参加させてプレーを見るのがアヤックスのやり方です」

過去にも白井さんは、タレントの見つけ方についてこんな話をしてくれたが、アヤックスにとっての良い選手とは一体どんな選手なのだろう?

「オランダでは個人のテクニック(オランダではサッカーのアクションと呼ぶ)についても客観的に分析しています」

"良い選手"というのは、きわめて主観的な表現として用いられることが多い。これは良い選手の基準が明確でないことに起因する。ある人は小さくてドリブルのうまい選手を評価し、ある人はパスさばきのうまい大型の選手に二重丸をつける。不思議と両方の選手を別の観点から、または同じ基準で評価する指導者は少ない。

「それは、その人の好き嫌いですよね。とても主観的な判断だと思いますよ」

白井さんは、好悪の前に客観的な指標を用いた正しい評価が必要だと言う。

事実として、日本の育成現場では、指導者によって評価が分かれ、そのために少なからず将来の可能性にネガティブな影響を受けたと思われる選手が相当数いる。環境やタイミングが合わなければ、クラブを移籍したり、違う環境で新たなチャレンジをすることも必要だが、予め、個人的な主観ではなく、サッカーの言葉に基づいた客観的な指標で評価されていれば、彼らの未来はいまと違っていたかもしれない。

では、白井さんの言う、客観的な指標とは一体どんなものなのか?

「前提となるのは、対象となる選手は誰で、どの年齢カテゴリーにいるのかということと、その年齢のカテゴリーの目的は何かということです」

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選手個人の「サッカーのアクション分析」

指導者は、分析の対象となる選手たちがどの「年齢カテゴリー」に属するのか、またその年齢カテゴリーの選手たちが「何を」「どこまで」「どのような優先順位で」習得するのかという目標を確認する必要がある。

オランダでは、サッカー協会が年齢ごとの目標を明確に設定し、指導者もそれを基準に選手の達成度を測っている。つまり、各年齢の特定の目標を指導者が知っておく(設定して)必要があるということだ。

日本ではここまで明確な目標は設定されていないが、選手を客観的に分析、評価するためには、基準に照らし合わせる必要があるということは、心に留めておきたい。

選手の分析、評価というと、良い選手、悪い選手をより分ける行為と思われがちだが、選手のプレーを正しく評価する目的は、その選手の成長の度合い、現在地、求められる成長段階での特徴を把握することにある。

選手のプレーを正しく評価するためには、選手個人のサッカーのアクションを正しく分析する必要があるのだ。

白井さんが示した選手個人のサッカーのアクション分析は下記の通り。ポイントになるのは「ポジション」「モーメント」「スピード」「方向」の4つの要素だ。

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4つの要素について、実際のプレーを例にとって白井さんに解説をしてもらおう。

シチュエーションは自陣のビルドアップです。図のように自チーム(青)の右サイドバック②がパスを受け、スペースに走り込む攻撃的MF⑩にパスをします。

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この状況で、相手チーム(黄)は、②にプレッシャーを強くかけ、チーム全体としてコンパクトに陣形を保ちました。時間とスペースを奪われた②は、結果的にパスミスをしてしまいボールをロストしてしまいました。

このミスを分析するときに先に挙げた4つの項目についてそれぞれの分析を行えば、このパスミスについての客観的な評価ができるのです。

【選手個人のサッカーのアクション分析】
1)ボールを受ける前によりスペースと時間を得られるポジションを取っていたか
2)正しいモーメントでプレーするための状況確認ができていたか?
3)正しいパススピードで実行したか?
4)そのパスは正しい方向へプレーされていたか?

つまり、青チームのサイドバック、②番の選手は
1)③からボールを受ける前によりスペースと時間が得られるポジションをとっていたか?
2)正しいモーメントでプレーするための状況確認をしていたか?
3)⑩の走り込むスペースに、正しいパススピードでパスを出せたか?
4)そのパスは正しい方向に出されたか?
を明らかにすることで、選手に対して個人レベルでの分析が行えるのだ。

サッカーのアクションをこの4つの要素で分析することで、客観的な選手評価が可能になる。そこには指導者の好みや、主観が入り込む余地はない。

ゲーム分析によって状況が正確に把握されているので、チームとしての問題点も同時に見ることができる。選手が直面した状況に沿って分析、評価が下されるので、分析される側の選手も「公正に評価されている」という実感を持って指導者の声に耳を傾けることができるはずだ。

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Photo by Timo Dierckx

グラスルーツこそ選手を評価する公平な指標が必要

「大切なのは、分析や評価を通じて、その選手たちに具体的に何を指導することができるのか? ということです」

指導者は良い選手、悪い選手のレッテル張りのために存在しているのではなく、選手の未来をより良くするために、問題点を発見し、目標に対する達成度を測り、適切なプレーをサジェストする。

アヤックスの育成、アカデミーの力というと、世界中からいかに優れたタレントを連れてくるかの"目利き"の部分が強調されてきたが、どんなに才能に恵まれた選手も、年齢に応じた適切な指導を受けなければ、表舞台から"消えて"しまう。

アヤックスのアカデミー部門が、文字どおり選手を教育し、その可能性を広げるチャレンジをし続けてきたことは、クラブの体現する哲学やアカデミーの施設が「トゥーコムスト」(De Toekomst・日本語で"未来"を意味する)と名付けられていることからも明らかだ。

選手の問題を発見し、成長度を適正に評価するプロセスは、年代別で世界のトップレベルの選手を育成しているアヤックスでも、グラスルーツのクラブでも変わらない。

「私はむしろ、グラスルーツの指導者にこそ、選手を正しく評価できる客観的指標を取り入れて欲しいと思っているんです」

当たり前のことだが、指導者の経験の有無または浅深は、指導を受ける立場の選手たちには関係がない。白井さんの示す4つの要素をはじめとする客観的な選手の分析手法は、トップレベルでの選手経験のない、またはプレー経験自体が乏しい指導者がすぐに取り入れることのできる分析メソッドなのだ。

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門AFCアヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在は同クラブのワールドコーチングスタッフとして海外選手のスカウティングを担当。また、2016年9月からはオランダナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。

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