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世界トップの育成機関を目指すパリ・サンジェルマンが取り組む「プレーの基準作り」とは?

サッカー指導のプロ集団として、「知のサッカーDVD」やジュニア年代のスクール、指導者講習会などでおなじみ、エコノメソッド(旧サッカーサービス)。メソッド作りの中核を担うダビッド・エルナンデス氏が「パリ・サンジェルマンの育成改革」というミッションを終えて、来日した。COACH UNITEDでは、ダビッド氏に「世界のトップクラブで、どのような育成改革をしたのか」について、独占インタビューを敢行。その模様を2回に渡って紹介する。(取材文:鈴木智之)

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4ec2d3e51b096e497a08aac8a9dde8fb757ebd19d0f9044196b00b5084a6a322@2x.jpg写真左:ダビッド・エルナンデス氏

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世界トップレベルの育成機関を作るために、パリ・サンジェルマンへ

――パリでの仕事、お疲れ様でした。2015-16シーズンにパリ・サンジェルマンにジョインし、アカデミーのメソッドダイレクターとして活動されましたが、どのような経緯でパリに行くことになったのでしょうか。

私はこれまで世界各地で指導者養成、クラブコンサルティング、選手のプレー分析など、様々な活動をしていました。

日本でも「知のサッカーDVDや「エコノメソッドサッカースクール」などを通じて、多くの子供達や指導者に関わっています。パリに行く前は、アメリカのワシントンにある「Bethesda Academy」で、トップカテゴリー(U-18/U-19)を指導していました。

ある日、パリ・サンジェルマンのスポーツディレクターを務めていた、オリヴィエ・レタン(現・スタッド・レンヌ社長)にオファーをもらったのがきっかけです。

――オファーの内容はどのようなものだったのでしょうか?

「パリ・サンジェルマンに、バルセロナやアヤックスのような世界トップレベルの育成機関を作りたい」というものでした。

「投資は惜しまないから、アイデアを提案してくれ」と言われ、エコノメソッドのメソッド部門で展開しているコーチの指導やゲーム分析、トレーニングメソッドの提案などを行ったところ「パーフェクトなアイデアだ」と評価してくれて、パリでの仕事が始まりました。

――3年間でどのような成果を上げることができたのでしょうか?

目に見える成果としては2つです。1つは過去と比較して、トップチームに登録されたアカデミー出身者の数がもっとも多かったこと。

昨シーズンの最後の試合で、アカデミー出身者が7人ピッチに立ちました。

もう1つが、欧州のゴールデン・ボーイ(21歳以下対象)候補に多くの選手が入ったことです。

――具体的には、どのような活動をしたのでしょうか?

我々エコノメソッドが展開している「クラブコンサルティング」の内容を取り入れました。

具体的にはクラブの中にメソッド部門を立ち上げ、プレーモデル作り、コーチの指導、ゲーム分析、トレーニングメソッド(ポジション別、エリア別、個人トレーニング)、映像を使った個人コンサルティングなどです。

ただし、その前にパリ・サンジェルマンというクラブを知り、どのような目的に向かい、そのためにはどのようなプロセスを踏むかを考えました。そこで「戦略」「ストラクチャー(組織構造)」「プロセス」の観点から、クラブ内でこれらに関連する人と対話を進めました。

まず、組織構造を見極め、どの部門にどのような人がいるのかを知ること。組織の全体を把握し、戦略面からプロジェクトをどうやって進めていけばいいかを調査しました。

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――なるほど。

その次に戦略です。3年、5年。10年スパンでクラブがどうなっていきたいか。そのために踏むべきプロセスはどのようなものかを考えました。

指導スタッフとたくさん話をし、アカデミーにどのような選手がいるかを見て回りました。最初の半年間はグラウンドに毎日通い、U-12からパリ・サンジェルマンBまでの選手を見て、どのようなコーチが、どのような指導をしているのかをチェックしていきました。

――組織に変革をもたらすのはとても大変なことです。とくにパリ・サンジェルマンのようなビッグクラブには、様々な立場の人が関わっています。プロジェクトを進める上で、気をつけたことは何でしょうか?

焦らず、少しずつ変えていくことです。変化とはゆっくりとしたものであるべきです。そうでないと続かないですし、強固なものになりません。我々の仕事は、パリ・サンジェルマンというクラブのアイデンティティを確固たるものにすることです。

決して、我々のメソッドを導入して「このとおりにやってください」と言うわけではありません。エコノメソッドはあくまでも出発点であり、クラブ自身の価値観で組織やサッカーのプレーにおけるメソッドを作るべきなのです。

パリ・サンジェルマンには、クラブが掲げるプレーモデルがすでにあります。それをさらに深く、精度の高いものにするのが、我々の仕事のひとつでした。

――具体的にはどのようなことをしたのでしょうが?

我々がやったのはメソッド、プランニング、コーチの育成です。常にクラブが言っていたのは「パリ・サンジェルマンを、世界トップの育成機関を持つクラブにする」ということです。

これをスローガンに掲げていました。バルセロナのアカデミーからメッシやシャビ、イニエスタが出てきましたが、パリ・サンジェルマンのアカデミーから、世界トップクラスの選手を輩出することを目指したわけです。

――その中で「エコノメソッド」はどのような働きをしたのでしょうか?

エコノメソッドはすべての出発点として、クラブが掲げるプレーモデルの中で、「状況に応じて、どのようにプレーするべきか」という基準を構築することで、毎週火曜日にある一つの状況を取り上げて、その場面で行うべきプレーの優先順位をクラブとして決めてもらうということをやっていました。

ひとつ例をあげましょう。ビルドアップ開始時にセンターバックの選手が、相手からプレスを受けていない状態でボールを持っていて、数的有利の状況だとします。

このとき、プレーの優先順位をどうするかを考えます。テーマは我々が作るのですが、それをクラブの全カテゴリーのコーチにディスカッションしてもらうのです。具体的には、前方中央のもっとも高い位置(相手ゴールに近い位置)に直接パスができる味方がいるときは、パスを受けやすい方の足に強いパスを出します。そうすることで、パスを受けた選手は、ボールを目的の場所へ持っていきやすくなります。

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次に、サイドに有利な状況の味方がいる場合、有利な状況を作るためのスペースがない場合など、状況に応じて、どのようなプレーをすべきかをコーチたちを3パターンほど話し合ってもらい、クラブとしてのA、B、Cの優先順位を決めてもらうのです。そして、クラブで決めたことは全カテゴリーのコーチに必ず実践してもらいます。

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――エコノメソッドをそのまま導入したわけではないのですね。

そのとおりです。クラブによってゲームモデルがあります。それは外部から押し付けるものではなく、そのクラブが長い年月をかけて作り上げてきたものです。

当然、文化や慣習などもそこに関わってきます。ゲームモデルがあり、状況におけるプレーの選択肢の共有、優先順位などからメソッドが成り立っていきます。

我々はそのアイデアを提示しますが、最終的に決めるのはアカデミーのコーチたちです。その結論に、コーチたちが話し合って到達することが重要なのです。結論は押し付けるものではなく、自分たちで決めるものです。

――試合中の状況は無数にありますよね。例に上げた「センターバックがプレッシャーを受けない状況でボールを持っている」という場面だけでも、前方へのパス、サイドへのパス、そのボールの質、ドリブルで運ぶことなど、選択肢はたくさんあります。

だから、辞書のようなマニュアルがあります(笑)。とはいえ、選手たちがそのすべてを学ぶのではなく、ポジションに限定して身につけていきます。

選手によって、多くのコンセプトを知りたい人もいれば、シンプルなものだけでいいという人もいます。それは選手に合わせなければいけません。

ただし、プレーの基準がないと合わせようがないので、コンセプト作り、基準作りが重要なのです。もちろんその基準も、U-12などのアンダーカテゴリーではシンプルなものから入り、年齢が上がるに連れてより深くなっていきます。

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【講師】ダビッド・エルナンデス/
2015-2018 :パリ・サンジェルマン育成部門でメソッドダイレクターを務める。
エコノメソッド(旧サッカーサービス社)においてテクニカルディレクターとしてクラブやプロ選手のコンサルティングを担当。
また、2015年まで日本サッカー協会プロジェクトコンサルティングディレクターを務めた経験を持つ。

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