11.17.2023
「正しい技術、動作には個人差がある」 正解のない答えに指導者は選手をどう導く?【エコロジカル・アプローチ:チームトレーニング編】
「エコロジカル・アプローチ」をご存知でしょうか? これは欧米諸国で注目されている運動学習理論のことで、日本ではポルト大学でスポーツ指導を学んだ植田文也さんが紹介し、サッカーコーチの間で話題になっています。
エコロジカル・アプローチを簡単に説明すると「人間は周囲の環境に適応するシステムである」という観点から、様々な制約(グリッドサイズ、ボール、用具、人数、ルールなど)を巧みに操作することで、人間の適応行動としての運動学習を引き出すことや、新たなスキルが突如として現れる「相転移現象」を目的として行うトレーニング理論のことです。
サカイクでは「テクダマ」という不規則に跳ねるボールを開発・販売していますが、植田さんによると「エコロジカル・アプローチが提唱する『制約主導アプローチ』の観点からすると、技術の習得にとても効果的」であり、実際に指導しているチームやプロ選手への指導に導入しているとのことです。
そこで今回は「エコロジカル・アプローチから見た、テクダマをチーム練習に取り入れるときのポイント」を、植田さんにうかがいました。新たなトレーニングを探求している指導者、お父さんコーチは必見です!(取材・文 鈴木智之)
※この記事はサカイクからの転載記事です
制約を操作することでトレーニング効果を上げる
今回は、テクダマをチームで活用するための方法を、エコロジカル・アプローチでおなじみの植田文也さんに教えてもらいました。
植田さんは自ら指導をするFCガレオ玉島、スキル習得アドバイザーを務める南葛SCのアカデミーにテクダマを導入しています。
ここでは「普通のボールをテクダマに置き換えて、トレーニングしています」とのこと。
「トレーニングはボール回し(ロンド)から入って、制約が入ったスモールサイドゲームや試合に近い形式をすることが多いです。そのなかで3号球、4号球、5号球、そしてテクダマを混ぜて使っています」
前回、前々回の記事で「グリッドサイズ、ボール、用具、人数、ルールなどの制約を操作することで、トレーニング効果を上げる」というエコロジカル・アプローチの考え方を紹介しました。
動作に慣れさせないよう制約を操作
「スモールサイドゲームをするときに、ボールがラインの外に出たら、次のボールを入れてプレーが継続しますが、そのときに4号球、5号球の代わりにテクダマを使うといったように、ボールを変えることで動作に慣れさせないよう、制約を操作しています」
植田さんは「テクダマは不規則に動くので、難しいですよ」と笑みを浮かべます。
「選手によっては、『テクダマが来た!』と身構える人もいますが、『普段とは違うボールだぞ』と思わせることが大切なのです。いつも使っているボールでできる、心地良い運動は、同じ動作の繰り返しになってしまいます。上達にはつながりづらいので、その観点からもテクダマを使って、刺激を与えることは理にかなっています」
また「試合前のウォーミングアップにテクダマを使うのもいいと思う」と述べます。
「試合直前なので、ボールやピッチの感覚をつかむために普段のボールでアップをするという考え方もあると思いますが、頭や体に刺激を入れるためには、テクダマのような不規則な動きをするボールを使ったほうが、よりアクティベートされるので、試合直前のウォームアップに使うのもいいと思います」
植田さんが指導しているチームでは、ゴールキーパーの練習にもテクダマを取り入れているそうです。
「これも普通のボールとテクダマを混ぜて使い、シュートストップなどのトレーニングをしています。ボールが不規則に動くだけで、自然と様々な形でセーブする動作を体感することができます。それこそが、実際の試合で活きるスキルにつながっていくのだと思います」
正しい技術、動作には個人差がある
スポーツには正しい技術があると思いがちですが、サッカーは複雑な動作が入り乱れるスポーツなので、それを指導者が一挙手一投足、お手本を見せて、真似をさせたり、動作のミスを指摘するのは難しいものがあります。
「正しい技術、動作には個人差があります。体型によっても変わってくるでしょう。動作の正しさを追求する代わりに、トレーニングの内容にバリエーションがあれば、自然と動作もできるようになりますし、そこから変化させることや、動きを覚えられることもあります」
植田さんは「エコロジカル・アプローチ自体もそうなのですが、自分も動作の正しさのフィードバックはしません」と話します。
制約をデザインするのがコーチの仕事
「それよりも、制約のある環境を経験することで、『この状況ではここでボールをコントロールしたほうがいい』『こういう蹴り方がいいんだな』と身体が理解するわけです。エコロジカル・アプローチでは、絶えず制約を変更して違いから学ぶこと(制約操作)を推奨していますが、コーチから手取り足取り教わるのではなく、環境の中で生じる違いから、自然と身につけていくという考え方です。コーチが正しい動きを教えなきゃいけないではなく、制約をデザインするのがコーチの仕事とも言えるでしょう」
そういう意味でテクダマは、正しい動きを教えなくても使うだけで子どもが勝手にうまくなるボールと言えるかもしれません。しかし、新しいトレーニングや用具を使い始めたときに「どのぐらいやれば、上達するのかがわからない」という悩みもあります。
サッカーは定量的な評価が難しいスポーツですが、植田さんは「久しぶりに選手を見ると、明らかに上手になっているのがわかるんですよね」と言葉に力を込めます。
時間や回数よりもバリアビリティがポイント
「自分は南葛SCで1ヶ月ぶりに見るカテゴリーもありますが、できなかった動きができているようになっていると感じることがよくあります。毎日見ていると変化に気が付きにくいかもしれませんが、時間を空けて見ると、あきらかに良いプレーができているようになっている気がします」
その他、テクダマユーザーに話を聞くと「イレギュラーなボールに対して、自然に足が出るようになった」「パス&コントロールの練習でテクダマを使うことで、普通のボールを使うときに、顔が上がるようになった」と、トレーニング効果を感じているケースもあります。
技術を試合での発揮につなげるためには、単純な時間や回数よりも、「どれぐらいバリアビリティ(バラツキ、変動性)のある動きを経験しているかがポイント」と話す植田さん。
テクダマはバリアビリティを高めるために、うってつけのボールです。チーム練習に新たな刺激をもたらし、選手個々のレベルアップに寄与してくれることでしょう!
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植田 文也/
サッカーコーチ(FCガレオ玉島)、スキル習得アドバイザー(南葛SCアカデミー)、スポーツ科学博士。早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にてエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、非線形ペダゴジー、ディファレンシャル・ラーニングなどの運動学習理論を学ぶ。
初の著書『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』(ソル・メディア)は、サッカーに限らず、様々な競技の指導者から大きな話題となっている。