08.19.2014
『大切なのはサッカーを分析し、ディテールを突き詰めること』 マルセル・ルーカセン氏(ドイツサッカー協会所属テクニックコーチ)講習会レポート前編
COACH UNITED編集部です。去る8月10日、World Football Academy Japan主宰の「サッカーのテクニックトレーニング ベーシックコースin横浜」が行われました。2回に分けて、マルセル・ルーカセン氏(ドイツサッカー協会所属テクニックコーチ)が実施した講習会のレポートをお届けします。(取材・文・写真 鈴木智之)
■コーチに大切な4つの要素
選手が連動した攻撃的なサッカーで、ブラジルW杯優勝を果たしたドイツ代表。1990年のイタリアW杯以来、24年ぶりの戴冠の裏には、選手育成の充実があった。DFB(ドイツサッカー協会)は2000年の欧州選手権での惨敗を機に、国をあげて選手育成に着手。各地域にトレセンを整備し、ブンデスリーガの各クラブにアカデミーの設置を義務化するなど、育成を見なおした。国際的なタレントが多く輩出された結果が、24年ぶりのW杯優勝だった。ドイツ代表の躍進において、ひとりのキーマンがいる。それがオランダ人のマルセル・ルーカセン氏だ。2008年、DFBのスポーツディレクター、マティアス・ザマー氏に招聘され、選手の個人技術と個人戦術などを教えるテクニックコーチとして入閣。各年代のドイツ代表チームにおける『コーチを教えるコーチ』という立場から、ドイツサッカーに新たなエッセンスを加えてきた。現在はドイツ代表のほかに、ブンデスリーガのドルトムント、シャルケ、ボルシアMG、オランダのPSV、VVVフェンロ、イングランドのトッテナムにおいても、コーチを指導する立場にいる。ルーカセン氏は言う。
「私の仕事はトレーニングメニューを作り、コーチに指導をさせることではありません。目指すべきプレーモデルを実行するに当たって、そのために必要な技術、戦術とは何かなどの枠組を作ることです。重要なのはサッカーを分析すること。私はフィジカルやメンタルなど、定義があいまいな言葉は使いません。大切なのは、『サッカーの言葉』を使うことにあります。主観ではなく、客観的に見て選手たちがより上手くなるためにどうすればいいか、具体的にアドバイスをします」
目指すプレーモデルを実現するにあたって、ポジションごとに必要なプレーを導き出し、トレーニングに落としこむ。言葉にするのは簡単だが、実行するには多くの知識とサッカーを見る目、選手の特徴を見抜く目が重要になる。ルーカセン氏はプレーの向上において、重要な要素を4つあげる。
「インサイト(洞察力)、テクニック、コミュニケーション、フットボール・コンディショニングです。インサイトはピッチ内の状況がどうなっているかを見て、どのプレーを選択するかという"判断"の部分。テクニックとは、ボールを蹴るといった"実行"です。コミュニケーションは選手同士の連携。チームが高いレベルを目指す上で、欠かすことのできないものです。そして、フットボール・コンディショニングは90分間、プレーを高い強度で持続させるためのコンディション作りです」
ルーカセン氏は指導現場において、サッカーの練習の大半がテクニック練習に占められている現状に「テクニックの練習だけをするのは、練習のための練習になってしまいます」と警鐘を鳴らす。たとえば、コーンを置いて、その間をドリブルですり抜けていく練習。たとえば、紐に吊るされたボールをヘディングする練習。多くのクラブで行われている練習だが、サッカーの試合にある、敵がいて、味方がいるという状況とはかけ離れている。
「試合中、グラウンドにいるのはコーンではなく、人間のDFです。サッカーの試合で必要なアクションを身につけるには、サッカーの状況である敵と味方がいる状況の中でトレーニングをすること。そしてテクニックの練習をするときは、どのポジションの、どのシチュエーションで使うことができるかを説明することが重要です」
■チームプレーは選手個人の判断と実行の集合体
U-15ドイツ代表では、20のボールスキルのトレーニングを実施しているという。スキルのトレーニングというとリフティングやボールタッチなどのクローズドスキルを連想するが、そうではない。トレーニングするスキルをいつ、どんな場面で、どのように使うかを細かく説明し、試合で活用するための生きた技術を身につけるために、トレーニングを行っている。講習会の指導実践では『ドリブル時の腕の使い方』や『ドリブルとターン』などを例にトレーニングを行った。これらはドリブルをしているときに、相手のプレスを腕でブロックし、方向を変えるプレーのことで、腕をどの高さに上げ、ターンをするときにはどちらの足で、どのタイミングでボールを運ぶかなどを細かく実演。他にも、ドリブルでボールを運ぶときには、相手から遠い方の足で運ぶといったプレーの実行の解説や、FWのポジションと相手DFのマークの位置を見極め、どちらの方向へパスを出すのかといったプレーの判断についても、ブンデスリーガやドイツ代表の試合映像を使って解説。ルーカセン氏は「ディテール」という言葉を繰り返し使い、ひとつのパスの質、ボールの置所、サポートをする選手の動き(フリーランニング)などを説明していく。「チームのプレーは選手個人の判断と実行の集合体です。つまり、チームとしてプレーがうまくいっていないのは、選手個人の判断と実行がうまくいっていないからなのです」
サッカーはチームスポーツだが、チームを構成するのは一人ひとりの選手である。チームプレーを個人という最小単位まで落とし込み、パスの出し手や受け手、周囲でサポートをする選手といった具合に広げていく。ドイツ代表がブラジルW杯で見せた、個人の技術、戦術は少人数のグループから11人という最大の単位まで自在に変化を見せ、相手チームを混乱に陥れていた。チームの中核を担ったクロースやシュバインシュタイガー、ケディラといった選手たちはプレーのディテールにミスがなく、判断と実行のクオリティが飛び抜けて高かった。その裏には、ディテールを突き詰めて、プレーモデルに落とし込んだ指導があったのだ。
取材協力/ワールドフットボールアカデミー・ジャパン
フース・ヒディンクがアンバサダーを務め、世界各地のコーチ、スタッフ、選手に対して、サッカーにかかわるあらゆる専門知識を育成、共有 する機会を提供している。
取材・文 鈴木智之 写真 鈴木智之