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日本サッカーにドラフト制度を導入し学校と連携した選手育成を目指せ/李国秀氏インタビュー(後編)

李氏はかつて桐蔭学園の監督として、渡邉晋(ベガルタ仙台監督)、長谷部茂利(ヴィッセル神戸コーチ)、森岡隆三(佐川印刷京都コーチ)、戸田和幸(解説者)、小林慶行(ベガルタ仙台コーチ)など日本代表を始め、多くのJリーガーを育て上げてきた。

その後はヴェルディ川崎(当時)の総監督として、ステージ2位、天皇杯ベスト4に導くなど、日本サッカーの最高峰で活躍した人物が、なぜいま小学生や中学生を教えているのか。そうたずねると、力強い言葉が返ってきた。(取材・文・写真/鈴木智之)

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指導者には3つの層がある

「私はスポーツとは価値のあるものだと思っています。もっと、サッカーの価値を高めたいのです」。李氏は続ける。「サッカーの価値を高めるためにどうすればいいか。それは人間育成に尽きると思います。そのためには、親御さんが"李さんのところに、子どもを預けて良かった"サッカーって素晴らしいスポーツなんですね"と感じてくれること。そして、サッカーを大切に思ってくれる人を増やすことが、サッカーの価値を高めることになると思っています」。

李氏はサッカーの価値を高めるために、選手育成だけでなく、経営するLJパーク(フットサル場)を通じて、「サッカーで町内会を作ろう」としている。サッカーをする子どもや大人、観戦する人など、様々な人を集めて交流を図り、子どもからお年寄りまでサッカーを媒介として触れ合う場を作る。それが結果として、サッカーの価値を高めていくことになると考えている。昨年、LJパークは10周年を迎え、記念式典には厚木市の教育長や衆議院議員、李氏の教え子のJリーガーが集まり、祝典が行われた。李氏はサッカー界だけでなく、地域や行政とともにサッカーの価値を高めていく活動を続けている。

多くのJリーガーを育て上げ、トップレベルでの指導経験を持つ李氏に、サッカーの指導をする上で大切なことを聞くと、次のような答えが返ってきた。

「一番大切なのは、指導する側の大人が明確な目的を持つこと。指導者には3つの層があります。1番上が指導者、2番目が教師、3番目が引率者です。指導者は教師以上の存在なので、子どもに「ああしろ、こうしろ」と言ってやらせるのではなく、子ども自身が動くように仕向けていくことが大切だと考えています。育成年代の指導者は、自分が1~3のどの位置にいるのかを常に考えてほしいと思います。教師的なのか、ただ子どもたちを連れて歩いている人なのか。もしくは指導者、つまり子どもを大人にしていくという目的を持って、色々な方法論を講じてやっていく人なのか。私自身、常に子どもを導く、指導者でありたいと思っています」

桐蔭学園を率いたおよそ10年の間に、日本代表選手を始め、多くのJリーガーを育て上げた。自身が考える、良い選手とはどのようなものだろうか。

「私の考えるいい選手とは、うまくて賢くて、強くて社会性のある選手です。良い選手は『いつ・どこ・なぜ』の3Wを理解してプレーすることができます。サッカーを通じて良い選手、魅力のある選手を輩出していくことが、サッカーの価値を高めるためのひとつの手段だと思います。ブラジルW杯で、日本代表は為す術なく敗れてしまいました。いま一度、サッカーに関わる人達が『良い選手を育成するためにはどうすればいいか』を考える時期に来ているのではないでしょうか」

李氏が考える育成年代へのドラフト制度の導入

どうすれば良い選手が生まれるのか。これは日本だけでなく、世界中のサッカー関係者が追い求めるテーマである。李氏がひとつのアイディアを教えてくれた。

「日本サッカーもドラフト制度を導入したほうがいいのではないでしょうか? 21年前にJリーグが生まれ、各クラブに下部組織(アカデミー)の保有を義務付けました。ですが金銭面において、下部組織の存在が足かせになっているクラブも多く存在します。Jrユース、ユースを合わせると、下部組織の年間運営費用が数千万円から1億円程度かかります。仮に、あるJクラブのアカデミー運営予算が年間1億円かかったとして、Jリーグが発足した21年間で、総額21億円です。おおまかな計算ですが、21億円の元がとれるほどの選手を輩出したのかというと、ほとんどのクラブが『ノー』と答えると思います」

では、どうやって選手を育成するのか。李氏は淀みなく答える。

「私が考えるのは『ドラフト制度』です。日本の社会構造上、学校とスポーツを切り離すことはできないので、この国に合ったやり方で選手を効果的に輩出するにはどうすればいいかを考えたときに、この結論に達しました。まず日本サッカー協会(JFA)が主導し、『強化指定高校』を全国に20校作ります。その20校に対して、日本サッカー協会から、毎年各高校に5千万円を支払います。20校×5千万円なので、年間10億円の予算が必要ですが、各Jクラブが捻出することにし、アカデミーの運営費に使っていた分を充当する形にすれば、金銭的な負担も少なくて済みます」

学校と連携して選手を育成するのは、興味深いアイディアだ。そこには育成で重要な『プレイヤーズファースト』の視点もある。

「強化指定校では『部員が36人を越えてはいけない』というルールを作り、経理面も普通の会社同様に行います。サッカーの強豪校を見ると、200名近く部員がいるところもあります。しかし、選手や保護者の側からすると、『大所帯の学校に行って本当に質の高い指導が受けられるのか』という悩みがあります。私が桐蔭学園の監督をしていたときは、1学年12人、最大36人のチーム編成でした。それで全国大会の上位に進出し、何人ものJリーガーを輩出しました。とはいえ、学校側の『授業料のために生徒をたくさん入れたい』という気持ちもわかります。であるならば、強化指定校には2つの部活を作ればいいのです。1つは36人までしか入れない、強化指定のサッカー部。もうひとつが、これまで通りのサッカー部です。両方で選手の移動を自由にすれば、競争も生まれて良いのではないでしょうか」

強化指定校になると、毎年、JクラブとJFAから5千万円が支払われるので、学校側、生徒側は部活に関する費用がかからないというメリットがある。強化指定校には、専門的な知識を持った指導者が必要になるが、李氏は「日本に何百人といるS級ライセンスを持っている人が行うことで、彼らの雇用にもつながる」という。

「欧州や南米はどうやって選手を輩出しているかというと、育てたクラブにしっかりとお金が入る仕組みがあるわけです。日本はその間を端折ってしまっているので、強化指定高校を作り、育成費として毎年5千万円を支払います。それ以外の高校からドラフトを経て入団した選手には、上限1億円を支払うことにします。これは非現実的な金額ではないと思います。まずは制度を見なおして、日本の社会構造とマッチングさせること。日本サッカーをより良くしていくためにも、いまこそ大胆な変革が必要なときだと思います」

Jリーグが発足して21年。選手育成や制度面、クラブの運営面についても、おおよそのことが見えてきた。日本サッカーが次へのステップへ進むためにも、構造的な改革が必要だ。サッカー界全体で、良い選手、魅力のある選手を作っていくにはどうすればいいかを、真剣に考える時期にさしかかっている。そして、李氏のようにサッカーに対する情熱とアイデア、実行力を持ち、地域や行政を巻き込んでムーブメントを作ることのできる人が増えていくことが、サッカーの価値を高めることにつながり、ひいては日本サッカーがさらなるステージに突入するための契機になるだろう。


李国秀(り・くにひで)
1957年生まれ。神奈川県横浜市出身。読売クラブ(現・東京V)や香港キャロライナFCでプレーをした後、横浜フリューゲルスの前身である横浜トライスターFC(全日空)で選手兼助監督を務める。引退後は指導者として桐蔭学園高校サッカー部を率い、渡邉晋(ベガルタ仙台監督)、長谷部茂利(ヴィッセル神戸コーチ)、森岡隆三(佐川印刷京都コーチ)、戸田和幸(解説者)、小林慶行(ベガルタ仙台コーチ)など、10年間で30人以上のJリーガーを輩出。その後、ヴェルディ川崎(当時)の総監督として、ステージ2位、天皇杯ベスト4に導く。現在は株式会社エル・スポルト代表取締役社長、エルジェイ厚木Jr.ユースのチームディレクターを務める。
【李国秀オフィシャルブログ】http://leeswords.com/
【LJサッカーパーク】http://www.l-sport.co.jp/(エリートキャンプは今冬も開催予定)