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"稀代の戦術マニア" マルセロ・ビエルサが説く「サッカーの観方」と「トレーニングオーガナイズ」

10月3日と4日の2日間、オランダ・アムステルダムのアレーナにて第7回目になるASPIRE ACADEMYのインターナショナルサッカーサミットが行われた。

ASPIRE ACADEMYとは、2004年にカタールの投資によって作られた世界最高のサッカーエリート養成機関だ。最先端の施設、指導方法、スポーツ医学などが投入され、世界中からセレクションされた子どもたちを育成している。

サミットには、FCバルセロナやユベントス、マンチェスターユナイテッドなどのビッグクラブ、またチリ、メキシコ、オランダサッカー協会はじめ、世界各国からクラブや協会の指導者、関係者が多く参加。アジアからは、韓国サッカー協会と柏レイソルのアカデミースタッフも参加していた。

今回の記事では、現地オランダのAFCアヤックスのユースカテゴリーで分析アナリストとして活躍する白井裕之氏にサミットのレポートをお願いした。(文・白井裕之)

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■ビエルサの試合の観方

みなさんこんにちは。白井裕之です。私は現在、アヤックスのユースカテゴリーや、オランダ代表のU-13、U-14、U-15カテゴリーのゲーム・ビデオ分析アナリストとして活動しています。

今回は、このサミットで私が最も印象に残ったマルセロ・ビエルサ氏のプレゼンテーションについてご紹介したいと思います。

ビエルサ氏については、過去に日本代表監督も噂された指導者としてご存知の方も多いでしょう。「戦術マニア」として知られ、流れるようなアタッキングサッカーを武器にアルゼンチン代表や、チリ代表、アスレティック・ビルバオなどを率いた名将です。

ビエルサ氏がどの様に試合を分析しトレーニングへフィードバックをしているのか、個人的にも非常に興味がありました。

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プレゼンのテーマは、"Combinative Play Between 2 and 3 Players - Loosing your Marker - Positional Patterns "(訳:2~3人でのコンビネーションプレー、マークの外し方、ポジションのパターン)。

ビエルサ氏のチームが実践するアタッキングサッカーの一端を直接に聞けるチャンス、興奮して会場へ向かいました。

サッカーのビデオ収集家としても知られるビエルサ氏は、年間数百試合の試合映像を見るようです。その中でも、スペインやオランダ関連の試合映像が多く、過去にはルイ・ファン・ハール氏のアヤックスやバルセロナ時代の試合を200試合見て、彼の戦術や采配の特徴などを詳細に研究・分析したそうです。

そこで特徴的だったのが、2人組や3人組での相手DFラインの突破パターンについて、いくつもの種類に分類してトレーニング実践に落とし込んでいる点です。試合全体からゲームを分析しているのはもちろんですが、そこからどこにフォーカスし分析していくかが非常に特徴的でした。

ビエルサ氏の考え方は「ボールの位置」「その状況に関わっている選手の人数とポジション」「敵チームの陣形からくるスペース」の3つに従って、分類されます。その中でも「縦の関係」と「横の関係」のフリーランニングの方向からくる分類、フィールドの場所と係わり合う選手のポジションからくる分類など、かなり細かく区分けされています。

【DFラインの突破パターン】
<2人組みでのフリーランニング&コンビネーション>
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<3人組みでのフリーランニング&コンビネーション>
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そして、そのトレーニングの内容を解説する動画が、予め選手に見せるために分かり易く編集されているのです。これはサッカーではあまり見ないアプローチでした。バスケットボールやアメリカンフットボールなど他のスポーツでのアプローチも取り入れているのかもしれません。

ビエルサ氏のチームにおいて、選手たちは、各自が局面を認知してプレーを選択・実行するのではなく、予めチーム内でトレーニングされているパターンを局面に応じて選び実行することで、あの流れる様なサッカーが組み立てられているのでしょう。これは、私がオランダで経験してきたチーム作りとはまた違った切り口で、とても新鮮に感じました。


■タクティクス(戦術)=コミュニケーションである

少し話が逸れますが、近年、オランダサッカー協会を中心に「サッカー用語の再定義」が進んでいます。世界のサッカー界で日常的に使われている「テクニック」「タクティクス」「フィジカル」「メンタル」という四大用語について、サッカーを説明する用語として本当に正しいのかどうか?というものです。

その中の1つ「タクティクス」という用語をタクティクス=コミュニケーションと再定義をしました。オランダサッカー協会が定義する「コミュニケーション」とは、指示やコーチングという意味ではなく、選手間の協調と理解について意味します。

具体的に言うと、チーム内でのオートマテイズムのレベルの高さを言います。

「タクティクス」とはチーム内で各選手のタスクや約束事が明確になっており、それがグループレベルやチームレベルにおいても互いに協調と理解されている事、つまり「コミュニケーション」と同じ意味をなすと結論付けされました。

では「コミュニケーションの高いチームとは?」

この質問は、クラブチームと代表チームを比較すると分かり易いと思います。毎日トレーニングをして一緒に過ごすクラブチームと、年間数日間のみ活動をする代表チームでは、クラブチームの方がコミュニケーションのレベルが高いのがご理解頂けるかと思います。

それによって、クラブチームの方がより高度で複雑なタクティクスが実践可能になります。コミュニケーションレベルの低い代表チームでは、試合中に敵チームを見て判断する前に、自チームの選手を見ることが必要になり、それによってゲームのレベルは格段に落ちてしまいます。

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ビエルサ氏の考え方は「ボールの位置」「その状況に関わっている選手の人数とポジション」「敵チームの陣形からくるスペース」の3つに従って、予め決められてトレーニングされているパターンの実行と、その連動によって成り立っていると言えます。

選手間の「コミュニケーション」レベルを段階的に高めていく方法として非常に効果的だと感じました。

「タクティクス=コミュニケーション」という内容を知らずにビエルサ氏の話を聞くと、サッカーのパターン化ということだけにフォーカスされてしまい大切な要素を見逃してしまうかもしれません。

もちろんこれは私の主観による解釈となりますが、コミュニケーションという用語を通してビエルサ氏のフィロソフィーを受け入れるとよりサッカー的に解釈が進むと思います。みなさんはどう思われますか?


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白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門アヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当。UEFAチャンピオンズリーグの出場チームや各国の優勝チームが参加するUEFAユースリーグでも、その手腕を発揮し高い評価を得ており、2016年10月からはオランダ代表U-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。


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