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「選手が無意識のうちに上手くなっている」/羽生直剛が語る"考えて走る"オシム流トレーニング

稀代の名将イビチャ・オシムといえば、「考えて走るサッカー」が代名詞だった。その内容に対する評価は非常に高く、多くのジャーナリストや指導者がその真髄にせまるべく、インタビューや研究を重ねてきた。しかし忘れてはならないのは、その最高のサッカーを実践してきたのは、選手たちだということだ。

そこで今回は、「オシムチルドレン」筆頭でもある元日本代表MF羽生直剛氏に、オシム監督がら受けた指導を、どう解釈して、どのように自身の成長に繋げたのか。その秘訣や、オシム監督から受け継いだ哲学そのものにも迫る。(文・内藤秀明/編集協力・瀧本拓朗)

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テーマは伝えず、基本的に選手自身に考えさせ判断させる

前編のテーマは「少人数でのポゼッションを高めるトレーニング」。オシム監督が03年から06年まで指揮したジェフユナイテッド市原・千葉だけでなく、その後日本代表にも定着させた「考えて走るサッカー」の基礎を築くためのトレーニングの一つである。

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羽生氏はオシム監督の指導についてこう語る。

「オシムさんから学んだことは沢山ありますが、その中でもまず印象的だったのは、オシムさんに練習のテーマを言われたことがないことですね。ただオーガナイズが優れていたので、オシムさんが身に着けて欲しいと思っているものを、そのオーガナイズによって、無意識のうちに体にしみこませていました。試合に向けても何も言われないのですが、気づけば練習の効果が試合のパフォーマンスに反映されていました」

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続けて、オシム監督と言えば「考えて走るサッカー」だが、それについても、

「外から見ると、走ることに重きを置いているように見えていたと思いますが、実際は考えることに一番重きを置いていました。考えることをよく指摘されただけでなく、考えないとできないメニューも多かったです」

と語る。もちろん日本代表がこなす内容をそのままジュニア世代の選手がこなすことは非常に難しいかもしれないが、「考えざるを得ないように仕向ける」という要素自体を、普段の練習に加えることは可能なはずだ。

基礎的かつ、考えて動くクセが身につくウォーミングアップ

まず前提となるオシム監督の哲学の説明が行われた後は、実際によく行われていた練習メニューとコーチングポイントについて語りつつ、羽生氏がそれらから具体的に何を学びとってきたかを明かしてくれている。

最初に紹介されたメニューは「3対1のボール回し」で、ウォーミングアップによく使われていたものだ。オシム監督のメニューは、基本的に最初はある程度自由な状態でスタートし、徐々にタッチ数などの細かなルールが追加されていく。

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ある程度選手が慣れてくると、「3人のボール保持選手に①②③と番号をつけ、その順番にしか回せない」などのやや複雑なルールが追加されていき、動き直しや受けるタイミングの工夫などの駆け引きが必要になってくる。

羽生氏はこのメニューについて、

「自分以外の2人の間でパス交換が行われているときに色々なことを考えるようにしていました。たとえば、僕が③番の選手だとすると、①番の人から②番の人に渡るパスが丁寧で、②番の人が余裕を持ってボールを受けられそうな場合、近くに寄りすぎずに待つ、またはパススピードがちょっと速かったら近くにサポートにいくなどといった内容ですね。自分以外の2人の間でパス交換が行われている間に守備側の選手よりも早く良いポジショニングをすることで、(良い意味で)その後、楽ができるように務めていました。この練習はウォーミングアップでありながら、チーム全体に動くことを意識づけさせる重要なメニューだったと思います」

とホワイトボードを活用しながら語った。

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前編動画では、この後も、残りの3つの練習メニューとそれぞれの指導内容を解説しつつ、それらの練習を通じて「オシム・ウェイ」を羽生氏がどのように咀嚼して習得していったかを明かす。その内容にはサッカーIQの高い選手を育てるエッセンスが詰まっていた。

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【講師】羽生直剛/
元サッカー日本代表。八千代高校、筑波大学を経て、2002年にジェフユナイテッド市原(当時)に入団。2003年に市原の監督に就任したイビチャ・オシム監督の下で活躍し、 2006年には日本代表にも選出された。その後、FC東京、ヴァンフォーレ甲府、古巣のジェフユナイテッド市原・千葉でプレーし、2018年に現役を引退。 現役引退後はFC東京で2年間強化部(スカウト)の仕事を務めた。