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低身長は関係ない!フランス代表の司令塔ヴァルビュエナの真実

ワールドカップ・ブラジル大会も佳境に入った6月末、日本の知人(女性)から久しぶりのメールが舞い込みました。彼女は夫君とともにサッカー通で、家族観戦の様子が楽しく綴られていたのですが、そこにこんな一文がありました。

「リベリおぢさんが観られなかったのはとても残念ですが、ヴァルビュエナ素晴らしいです。密かに"猫ひろし"と呼んでいます」

頭にクエスチョンマークが浮いてしまったのは、日本を離れて10数年にもなる私の方でした。「おぢさん」はともかく「猫ひろしって何だ!?」と、慌ててインターネットを検索し、やっと納得しました。猫ひろしさんを知らなかった私は、むしろリュック・ベッソン監督の映画「アーサーとミニモイの不思議な国」を思い浮かべながらマテュー・ヴァルビュエナを観てきたのですが、なるほど猫ひろしさんにも似ていました。

きっと日本のジュニア指導者のみなさんも、わが知人同様、今大会でヴァルビュエナを"発見"しているのではないでしょうか。

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Photo By Ronnie Macdonald
取材・文/結城麻里

■大きい子を挑発して楽しむ少年時代

ヴァルビュエナの現在の身長は167センチ。ASモナコやFCバルセロナで活躍したリュドヴィック・ジュリ(164センチ)より3センチ高いのですが、どういうわけかジュリより小さいような印象を与えています。これは顔の雰囲気のせいもあるでしょうが、何よりも重心の低さからきています。まして少年時代のヴァルビュエナは、どんなに小さかったことでしょう!

そんなヴァルビュエナが、どうやって世界最高峰の舞台で活躍することになったのか――。その真実は、きっと日本の少年と指導者の参考にもなるのではないでしょうか。

ヴァルビュエナの父はスペインからの移民。ピレネー山脈を超えてフランス南西部ボルドー近くに住むようになり、そこでフランス人と結婚してヴァルビュエナが生まれました。もちろんヴァルビュエナは、物心ついたころから"ボールを足にして"生き始めます。いつでもどこでもボールと一緒ですから、ボールスキルは発達しました。ちょこまかちょこまか動き回り、非常に俊敏でもありました。しかし・・・小さかった! 
ヴァルビュエナは、町クラブに入った当時(6~8歳)をこう回想しています。

「僕はタックルを食らいやすいプレースタイルをもっているんだ。初心者のころもよく食らってね、すると地面に転がっていた。(転がるのは)遊びみたいなものだったんだ」

一般に、テクニックのある小さい子が俊敏に動いて挑発・翻弄すると、大きい子はバカにされたような気がして、つい"ムカつく"わけです。そこで標的にして削りに行くわけですが、それでもすり抜けられてキリキリ舞い。しかも転がるので一層"ムカつく"。ヴァルビュエナはこれを面白がっていたようです。

■「自分を守りなさい」フィリップ・リュカの教え

ヴァルビュエナはやがて、トップリーグの老舗ボルドーの下部組織に迎えられます。そこでは、やはり今大会に出場しているリオ・マヴバと一緒でした。この時代について、ヴァルビュエナはこう言っています。

「リオ・マヴバとのトレーニングをよく覚えてる。一対一のトレーニングだった。あれは10歳、いや、12歳ぐらいだったかなあ。彼(マヴバ)はもう勝負意識をもってプレーしていた。それなのに僕ときたら、転がっては面白がっていたんだよね。父は(トレーニング帰りの)車の中で、『フット(サッカー)はそういうもんじゃないぞ。リオを見てみろ。彼はもうちゃんと勝つためにやっている』と言っていた。転がっては笑って、フットを余興みたいにしている僕を見て、胸が痛んだんだと思う」

とはいえヴァルビュエナは、テクニックがあったため、マヴバと一緒に晴れてボルドー育成センターに合格します。16歳から18歳までの時期です。指導者はフィリップ・リュカ。このボルドー時代に、ヴァルビュエナは、いろいろなことを学んだと語ります。

「フィリップ・リュカが全てを学ばせてくれた。自分を(タックルから)守ることや、コンスタントにボールと敵の間に入るようにすることなどだね。小さいときはボールのことばっかり考えていて、(競り合う)相手のことを考えていなかったんだよ。でもここ(育成センター)からは、第一目標=正確なプレーをすること、第二目標=自分を守ること、になったんだ」

この言葉から、育成センター指導者が、小さくてテクニックのある選手を守る指導をしていたことがわかります。これは非常に重要な点です。ヴァルビュエナの強み(ボールスキル、テクニック、モビリティーなど)をしっかり見抜き、そこを伸ばしてやるために身の守り方を教えて、ケガからも守り、同時に小ささをハンディキャップと感じないように指導したわけです。

また育成センターの指導で、成長を阻害しないように気をつけながら徐々にフィジカルも強化するようにし、当初の痩せっぽちから少しだけ脱出もしています。

ところがヴァルビュエナは、育成センターを卒業した後にボルドーに捨てられてしまいました。小さかったために、トップリーグでプロデビューするのは無理、と判断されてしまったのです。多くの場合、育成センター指導者は教え子を擁護するのですが、トップチーム監督やクラブ首脳が捨ててしまうのです。こうしてヴァルビュエナは、マヴバたちがプロ契約していくなかで、アマクラブ(5部リーグ)に捨てられてしまったのです。

そしてここから、ヴァルビュエナのすさまじいリベンジ・ストーリーが始まります。

>>チビであることは、ハンデどころか武器になる 

フランスの育成はなぜ欧州各国にコピーされるのか

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結城 麻里
発売日 : 2014/06
出版社/メーカー : 東邦出版

プラティニ、ジダン、アンリ、リベリ、ベンゼマ、ヴァランヌ、ポグバ、さらにはドログバ、アザールまで、世界で活躍する逸材が湧き出るように輩出し続ける、育成大国・フランス。本書は、フランスで16年間サッカーの取材を続け、フランス連盟のトップクラスや育成関係のキーパーソン、さらには「レキップ」「フランスフットボール」などにパイプのある著者が関係者への綿密な取材を重ね、その概念やこれまでの試行錯誤と発展の経緯、そして最新の議論に至るまでを体系的にまとめた画期的な一冊。サッカー指導者、育成関係者の皆さんはもちろん、一般のサッカーファンやフランス代表ファンの方にも一読いただきたい内容となっている。