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戸田和幸の解説が分かりやすいのはサッカーを"言葉"で理解しているから/李国秀氏インタビュー(前編)

日本代表がブラジルW杯で敗れ、多くの言説がメディアに掲載された。筆者自身、多くの記事に触れたが、その中で一際目を引いたのが、李国秀氏の言葉だった。自身のWebサイト(Lee's words)で、日本代表がコロンビアに敗れたあと、次のように語っている。

「コロンビアは大人のサッカーをして、日本は子どものサッカーでした。小学生、中学生くらいのサッカーじゃないですか?(質問者:日本のどのあたりが子どもサッカーだったのでしょう?)勢いだけ。いらなくなったらパスをしてしまう。サッカーでは、いつ、どこに、なぜパスをするのかが大事なのに」。日本代表の試合を見ていて、なぜボールがつながらないのか。なぜスムーズにプレーができないのか。私はそんなことばかりを考えていた。そのヒントが李氏の言葉の中にあった。「いつ・どこ・なぜ」を聞くために、神奈川県の厚木市にある、李氏が経営するLJパークをたずねた。(取材・文・写真/鈴木智之)

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サッカーを言葉で理解する

取材日は小学生向けのエリートキャンプが行われる日だった。李氏は小学生と保護者に向けて、サッカーをすることの意義を説いていく。

「サッカーをやって得することは4つあります。それが聞く力、見る力、反省する力、やってみるぞという気持ちです。サッカーをすると、この4つが身につきます。つまり、サッカーをすると得をするんです」。

サッカーがうまくなるためには、指導者の言葉を「聞く」ことが大切だ。聞いた上で、どのようにすればうまくプレーできるか、指導者の手本や周りの動きを「見る」。聞いて、見たことを実践し、「どうすればうまくいくのか」を考える。それが反省する力だ。振り返ってみて、「じゃあ次はこうしてみよう」とやってみる。李氏は「この繰り返しで上達していく」と言う。

エリートキャンプは、サッカーの基礎となる身体の動かし方、ボールの蹴り方、止め方の指導からスタート。LJのJrユースの選手が、小学生と2人1組になってトレーニングを始める。その際、Jrユースの選手が、初対面の小学生を相手に、どのようにボールを蹴るか、足をどう出すかを自分の言葉で伝えている姿が印象的だった。

サッカーは自分で考え、判断して実行するスポーツだ。自分はこういうプレーがしたい、そのためにはこのようなパスがほしいと、自分の考えを味方に伝えなくてはいけない。そのために必要なのは、コミュニケーション力。LJの中学生は小学生とコミュニケーションをとり、自分の言葉で伝えようとしていた。

李氏は言う。「3月の2週目に、IN&OUTセレモニーという、中3の子たちが卒団するセレモニーがあるのですが、子どもたちは200人ほどの前で、堂々とスピーチをします。私は選手たちと対話を重ねて、ときにそそのかしながら、大人に近づいていくように仕向けていきます。そのために、服の着方から食事の食べ方まで、たくさんのことを指導します。それもすべて、卒業するときに大人に近づけるためです」

キャンプの合間にLJの中学3年生に話を聞いたのだが、堂々と自分の考えを話す姿に驚いた。そのことを李氏に言うと、ある元日本代表選手の名前が出てきた。

「戸田(和幸)君がW杯の解説をしていて、わかりやすいと評判だったようです。私からすると当然のことで、彼は桐蔭学園時代からサッカーを言葉で理解することをしてきましたから」

"サッカーを言葉で理解する"とは、独特の言い回しだ。李氏は続ける。

「サッカーには3つの種類があります。1つが球遊び。これは、子どもたちがすることです。2つ目が蹴球。文字通り、蹴って走って、一生懸命頑張ること。3つ目がサッカーです。私が桐蔭学園の監督を始めた頃、高校サッカーのほとんどのチームが蹴球をしていました。それは20年経ったいまでも変わっていません。私は当時から、選手たちに「サッカーをしようぜ」と言ってきました。いま日本で"サッカー"をしているチームがどれぐらいあるでしょうか。サッカーを教えられる指導者はどれぐらいいるでしょうか。ヨーロッパや南米のトップチームを見ると、みんなサッカーをしています。なぜそれができるのかというと、彼らはサッカーをする上で必要な『いつ・どこ・なぜ』を子供の頃から教えこまれているからです」

『いつ・どこ・なぜ』サッカーは3Wのスポーツ

いつ・どこ・なぜ――。李氏がサッカーを語る上でのキーワードである。李氏は具体例を挙げる。

「パスを例に挙げると、いつ(When)パスを出すのか、どこ(Where)へパスを出すのか、なぜ(Why)そこへパスを出すのか。サッカーのプレーには、すべて理由があります。『いつ・どこ・なぜ』の頭文字をとって、私は「サッカーとは3Wのスポーツ」と言っています。しかし、日本の多くの選手は『いつ・どこ・なぜ』を考えず、ただ、がむしゃらにボールを蹴り、一生懸命走ってプレーをしています。それは私に言わせれば蹴球であって、サッカーではないんですね」

では、どのようなトレーニングをすれば、『いつ・どこ・なぜ』を理解し、"サッカー"ができるようになるのか。それをたずねると「トレーニングはあくまで方法論なので、いろいろなやり方があると思いますが」と前置きをした上で、「たとえば、このような練習をします」と、ホワイトボードに練習メニューを書き始めた。それが「ひし型の4対2」だ。

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攻撃側の選手をひし形に配置し、4人の攻撃側が縦関係で守る2人の守備側をどう突破してゴールを決めるかという練習である。

李氏がポイントを説明する。

「パスの出し手が、味方の足元にボールを 出したらリターンを返す、スペースに出したら縦へ突破する。常に周囲の状況を見ながらプレーを選択し、一つひとつのパスにメッセージを込めます。このような練習を通じて形を覚えさせると、ピッチに立つ全員が共通のイメージを持ってサッカーができるようになります。高校生でも、練習をすればできるようになります。それは私が桐蔭学園で証明しました」

練習を見せてもらったが、LJの中学生はパスの受け手とマーカーの関係性を見ながら、前方へ突破できるときは前のスペースへ、プレスがきついときはワンタッチで返すようなパスを出そうとしていた。ひし型の頂点にいる攻撃の選手は、どうすればマーカーを引きつけて、味方の選手が使うスペースを作ることができるか、あるいは数的優位を活かしてフリーでボールを受けられるかなどを、考えながら動こうとしていた。

聞けば、LJの選手たちはこの練習をするのは初めてだという。そのため、なかなかパスがつながらないが、中学生のプレーからはどう動けばいいのか? どこへパスを出せばいいのか? と、頭をフル回転させながらプレーしている様子が伝わってきた。回数をこなすにつれて、プレーのイメージが近づき始め、何度かパスがうまくつながる場面もあった。

「サッカーはボールを出す人と、ボールを受ける人の関係性が重要なスポーツです。いつパスを出すのか、どこでパスを受けるのか、なぜそのプレーを選んだのか。これらをトレーニングの中で繰り返していき、習慣化していきます。それがあった上で、試合の中で勝ったり負けたりしながら選手を育てていくのです。パスかドリブルかを、考え出すのが9歳頃。つまり8歳までは、"おしくらまんじゅう"のようなサッカーでもいいんです。指導者は子どもたちに『今日から5年生だろう。球遊びじゃなく、サッカーをしようぜ』とそそのかしながら、大人めかせていくことで、考えてプレーすることを身につけさせていく。それが重要なことだと思います」

ただ漠然とボールを蹴って走るのではなく、選手にプレーの意味や意図を考えさせる。それが球遊びでも、蹴球でもなく"サッカー"をするために必要なこと。李氏の言葉は常に本質的だ。抽象的な話はなく、多くのJリーガー、日本代表選手を育て上げた実体験に基づき、具体的な内容で「ここに来ればサッカーが上達し、人間的にも成長できる」というのがひしひしと伝わってくる。LJエリートキャンプのテーマは「上手な選手をすごい選手へ」である。李氏の指導を受ければ、うまい選手がすごい選手に変わるのではないか。そう感じずにはいられないトレーニングキャンプだった。

後編では、李氏がなぜ小学生、中学生年代を指導するのか。そして良い選手を育成するために、制度面をどう変えていけばいいのか。変革のアイディアをお届けする。

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李国秀(り・くにひで)
1957年生まれ。神奈川県横浜市出身。読売クラブ(現・東京V)や香港キャロライナFCでプレーをした後、横浜フリューゲルスの前身である横浜トライスターFC(全日空)で選手兼助監督を務める。引退後は指導者として桐蔭学園高校サッカー部を率い、渡邉晋(ベガルタ仙台監督)、長谷部茂利(ヴィッセル神戸コーチ)、森岡隆三(佐川印刷京都コーチ)、戸田和幸(解説者)、小林慶行(ベガルタ仙台コーチ)など、10年間で30人以上のJリーガーを輩出。その後、ヴェルディ川崎(当時)の総監督として、ステージ2位、天皇杯ベスト4に導く。現在は株式会社エル・スポルト代表取締役社長、エルジェイ厚木Jr.ユースのチームディレクターを務める。
【李国秀オフィシャルブログ】http://leeswords.com/
【LJサッカーパーク】http://www.l-sport.co.jp/(エリートキャンプは今冬も開催予定)