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勝利よりも「自分たちのサッカー」をすることが目的化していないか?【連載】The Soccer Analytics:第5回

「自分たちのサッカー」

レベルやカテゴリを問わずよく耳にする言葉だが、この言葉がある種の"呪縛"になることもある。2014年、ブラジルW杯で2敗1分けに終わった日本代表の選手たちが口にした「自分たちのサッカーができなかった」という言葉が議論を呼んだことは記憶に新しい。

育成年代でも「自分たちのサッカー」の呪縛に悩まされている指導者は多いのではないか。勝利か? 自分たちのサッカーか? そもそも自分たちのサッカーとはなんなのか? リーグ戦が推進される少年サッカーでも新たな命題となりつつある「自分たちのサッカー」問題。リーグ戦文化が根付き、かつ勝利と選手育成の結果を求められる欧州の"名選手供給クラブ"アヤックスで指導に当たる白井裕之さんに聞いた。(取材・文/大塚一樹)

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Photo by Live4Soccer

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バルセロナ相手に会心の試合

「その日はビルドアップのレベルが高くて、フリーマンを作って早い攻撃を仕掛けるというアヤックスが意図するチャンスを多く作っていました。会心の試合でした」

白井さんがこう振り返るのは、19歳以下のアヤックスA1のバルセロナ戦。白井さんが担当するカテゴリのひとつであるアヤックスA1は、19歳以下のチャンピオンズリーグに相当するUEFAユースリーグ2014・2015シーズンを戦っていた。

「本家のチャンピオンズリーグと同じく、ホームアンドアウェーで行われるんですが、バルセロナとは1戦目に敵地にもかかわらず4-2で勝利しました」

会心の試合は、バルセロナとの2試合目。

「バルセロナも相当対策を練ってきているはずで、苦戦を予想していた。でもこちらの分析もうまく行って、選手も素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれた」

そこで冒頭の「ビルドアップのレベルが高く、フリーマンを作って素早く攻撃を仕掛けてチャンスを多く作るサッカー」が実現した。話を聞いただけでも「いかにもアヤックス」というサッカーだが、白井さんはこの結果を「自分たちらしいサッカー」という曖昧な言葉で表現することはない。

「アヤックスの目指すプレーモデルが発揮できたということなんですが、それはあくまでもサッカーの目的、サッカーの構造に基づいたプレーモデルです」

『サッカーはゲームで、その目的は勝利』 当連載でも再三紹介しているオランダサッカー協会の定義に照らし合わせれば、日本で多用される「自分たちのサッカー」という言葉は、果たして立ち返ることのできる明確な定義を持っているだろうか?

「自分たちのサッカー」を評価するためのゲーム分析

「サッカーの目的である勝利のためにはサッカーの構造を理解する必要があります。すでにお話しているように、サッカーは『攻撃』『攻守の切り替え 攻撃→守備』『守備』『攻守の切り替え 守備→攻撃』の4つの『チームファンクション』に分解することができます。これを細分化したものが『チームタスク』で、攻撃では『ビルドアップ』『得点する』、守備は『敵のビルドアップの妨害』『失点を防ぐ』のふたつに分けることができます」

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※オランダの指導者ライセンス取得の際に示される試合中の攻守の流れ

オランダではこうした概念が少なくとも指導者ライセンスを持つもの、ライセンスを保持するコーチに指導を受けた選手たち(サッカーをプレーする大多数)に浸透している。つまり、普遍的で客観的なサッカーの構造を理解した上で、チームの哲学、方向性をプレーモデルとしてその上に乗せているのだ。

「ゲーム分析は、サッカーの構造に基づいた分析になりますが、そもそもサッカーの原理原則とプレーモデルは相反しません。なので、どんなプレーモデルでも、サッカーの構造に沿って分析、評価ができるのです」

自分たちのサッカーを捨てたバルセロナ

「こんなバルサ見たことある?」

19歳以下のヨーロッパチャンピオンを決めるUEFAユースリーグのバルセロナ戦を白井さんが「会心の試合」と表現したのにはもうひとつの理由がある。あのバルセロナが組織的なパスゲームを半ば放棄して、カウンターを仕掛けてきたのだ。

「前半はアヤックスがバルセロナのDFの背後を突くシーンが多くありました。後半に入ると、バルセロナの選手たちがリトリートしてこちらの攻撃をしのごうとしてきたんです。これには『こんなバルサ見たことない』『やり方を変えてきた』と、ベンチでも大騒ぎになりました。私はひそかにガッツポーズしていましたけどね」

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白井さんのゲーム分析によると、ホームで敗れたバルセロナは、アヤックスに対して「ビルドアップの阻止」というテーマを持って2戦目に臨んだ。しかし、それがうまく行かないと見るとプランBだった「リトリートして一度相手の攻撃を受けて勢いを殺し、カウンターを狙うサッカー」に転じたのだ。これは、アヤックスのサッカーがバルセロナのプレーモデルを変化させたということ。

「そのときは、バルセロナのやり方を変えさせたことに興奮していましたが、裏を返せば『あのバルサでも状況に応じてパスサッカー以外のサッカーを選択するんだ』と思いました。監督の指示なのか選手が自分たちで考えたのかはわかりませんが、劣勢のなか勝つ可能性を探る選択だったと思います」

リーグ戦が定着している欧州では、自チームの分析とともに対戦相手の分析も当たり前に行われている。19歳に満たないアヤックスの選手と、バルセロナの選手は、ともにサッカーの構造を理解し、サッカーの原理原則に基づきプレーしている。

「バルセロナもひたすらポゼッションにこだわっているわけではありません。サッカーの目的を理解していれば"いますべきこと"がわかる」

アヤックスのゲーム分析で自分たちの良さを消されたバルセロナは、サッカーの目的に立ち返った。

「普通なら試合中の戦術の切り替えはほぼ無理だと思いますから、よくアジャストしていたと思いますが、慣れない戦術を選択したバルセロナに怖さはなく、その後もアヤックスのペースで試合が進みました。この辺が、日本の「自分たちらしいサッカー」にまつわる問題とリンクしているのかもしれません」

アヤックスのプレーが素晴らしかったためにうまく機能しなかったが、バルセロナの選手たちは素早くボールを奪ってポゼッションという従来のスタイルに固執するのではなく、リトリートしてカウンターという勝利に近い合理的な戦術を選択した。バルセロナのコーチや選手の頭には「自分たちらしさ」の前にサッカーの目的=勝利があった。

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門AFCアヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在は同クラブのワールドコーチングスタッフとして海外選手のスカウティングを担当。また、2016年9月からはオランダナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。

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