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すべてのサッカー指導者に求められる「ゲームを分析する能力」とは何か?【連載】The Soccer Analytics:第3回

「実はシンプルなんですよ。それがサッカーの言葉か、サッカーのアクションに基づいているか。それだけです」

オランダの名門アヤックスで育成部門の指導に携わる白井裕之さんが、コーチ、アナリストとしてチーム、選手に接するときに大切にしていることを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「だから、サッカーを分析する能力は、アナリストや分析担当といった特別な役割を担う人の仕事ではなく、指導者なら誰でも身につけておかなければいけないことだと思います」

プロ選手としての実績もなく、日本からやってきた白井さんがオランダで戦うために武器としたのは、サッカーの分析力とそれをチームや選手に伝える共通言語、サッカーの言葉。
「それって、チャンピオンズリーグを戦うトップクラブでも、グラスルーツのクラブでも同じですよね? 目の前に選手がいる、現場にこそ必要なものなんです」
サッカー指導者に求められる「ゲームを分析する能力」とは何か? 現場で選手に直接触れる指導者にこそ求められる"分析力"について聞いた。 (取材・文/大塚一樹)

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「サッカーの問題」を見つけるために

「試合中、チームのサッカーはうまくいっているのか? 攻撃は? 守備は? 現場の指導者にとって、チームの現状を的確に把握することはとても重要なことでしょう。その根幹とも言えるのがゲーム分析です」
目の前で試合をしている自チームをどう評価するか? 「何かおかしい」「調子が悪い」「気合いが足りない」・・・・・・。当たり前のことだが、曖昧な違和感を口にするだけでは、問題の解決にはならないことに気がついていない指導者は意外に多い。

「"サッカーの問題"を見つけるためには、サッカーを分析する必要があります」

違和感の正体を突き止めるためには、指導者自身がサッカーを適正に評価する基準を持つ必要がある。オランダサッカー協会が、ゲーム分析を指導者ライセンスカリキュラムの核としているのも、サッカーの分析力がそのまま問題解決能力につながるという事実を反映している。

「問題解決のためには、サッカーを分析して、問題を見つける必要があります。ここでしっかり分析できていれば、選手たちの前で話す言葉も "サッカーの言葉"になっているはずです」

分析して問題点を見つける。問題点をトレーニングで改善する。指導者の分析力が高まれば、日本でも浸透しつつあるM-T-M(マッチ-トレーニング-マッチ)の"-(ハイフン)"に当たる部分の精度が高まることになる。

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M-T-Mの精度を高めるゲーム分析

「オランダでは、ライセンスを取る過程でトレーニングの中身やドリルのバリエーションに触れることはほとんどありません」

試合に基づいた問題点を改善してトレーニングをして、また試合をする。指導者が持つべき方法論として重要視されるM-T-Mだが、日本では指導の手段であるはずのドリルや練習法が注目されがちだ。

「どこかの強豪、有名チームがやっているという理由で自分のチームにそのドリルを取り入れても、試合で見つかった問題点を改善できるとは限りませんよね?」

白井さんによれば、オランダではドリルなどのトレーニングメニューは、ゲーム分析に基づいて発見された問題点を解決する手段でしかない。指導者の能力として重視されるのはどんなドリルをやっているかではなく、M-T-Mを構成する前提となる分析力の方だという。

では白井さんが考える、ゲーム分析に基づいたトレーニングとはどんなものなのだろう?

「トレーニングはシンプルでわかりやすいことが絶対条件です。目的によっては効果的なので、ドリル自体を否定はしませんが、特にM-T-MのTに当たるトレーニングの場合は"サッカーの状況"とかけ離れているドリルは適さないと思います」

白井さんは、トレーニングの条件として、
・分析に基づいた目的を持っていること
・サッカーの状況で行うこと
・目的とする状況の頻度が高い設定であること
・選手がそれを体験する頻度が高いこと
などを挙げた。

「ヨーロッパのビッグクラブでも、トレーニングメニューを考えるのは、監督ではなくメソッド部門というのが当たり前になってきています。メソッド部門は、そのチームのサッカーの枠組み、原則を設定し、プレーモデルに沿ったメソッドを開発する部門です。グラスルーツの指導者は、試合の采配以前にこうした役割を担う場面がとても多いのではないでしょうか」

日本の指導現場では、クラブとしてのメソッドではなく、指導者個人の好みや嗜好によってサッカーが評価され、トレーニングが構成されることが少なくない。結果として「試合に勝った方法が正しくて負けた方が間違っている」という、指導法の説得材料としての勝利至上主義が生まれる可能性も高い。

「ゲーム分析の方法を統一すれば、チームに複数指導者がいる状況でも、混乱は生まれません。勝つことはゲームの大きな目的ですが、勝ったからと言ってそれに見合うトレーニングができているかは別の話です」

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問題だけでなく成長度も正しく測る

「サッカーの分析を行うときに気をつけて欲しいのが『間違い探し』にならないことです」

分析力は問題発見→改善のプロセスに必要なものだが、「何がうまくいっていないか」だけでなく「何がうまくいっているか」を評価する基準でもある。

「ネガティブな分析要素はチームを成長させるヒントとして大切ですが、うまくいっていることに目を向けて、成長度、発展度を測ることもチームの成長に大きく寄与します」

「分析」という言葉には、どこかマイナス面を取り上げる粗探し的な意味合いが漂う。しかし、適切な基準を設けてサッカーを観ることができれば、チームとしての達成度を評価することもできる。

「サッカー分析を取り入れる=目を三角にしてダメなところを探す、間違い探しというわけではありません。ここは誤解して欲しくないところですね」

問題点を発見し、解決に導く。またはチームの発展を評価し、さらに上の段階に進む。いずれにしても分析に基づく適正評価と、課題や問題点を克服し、プレーモデルを発展させるトレーニングを構築する指導が必要になる。分析力の重要性は十分に理解してもらえただろう。

この連載では、ヨーロッパの分析事情を交えながら、順を追って具体的な分析手法についても取り上げていく。

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
1977年愛知県生まれ。18歳から指導者を始める。24歳のときにオランダに渡り複数のアマチュアクラブのU-15、U-17、U-19の監督を経験。2011/2012シーズンから、AFCアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ、ゲーム・ビデオ分析担当者として入団し、その後、2013/2014シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストとして活動中。UEFAチャンピオンズリーグの出場チームや各国の優勝チームが参加するUEFAユースリーグでも、その手腕を発揮し高い評価を得ている。オランダサッカー協会指導者ライセンスTrainer/coach 3,2 (UEFA C,B)を取得。

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