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アヤックス・白井裕之×元鹿島監督・石井正忠が語る日本サッカーに足りないゲーム分析の概念と枠組みとは?

今夏、オランダ代表U-13、U-14、U-15の専属アナリスト、白井裕之氏が登壇したセミナー『サッカーのコーチングに生かす分析力--アナリストの視点、コーチの視点』のレポートをお届けする。

このセミナーは、スポーツのゲーム分析ツール、『SPORTSCODE(スポーツコード)』の日本代理店、フィットネスアポロ社が主催。

白井氏に加えスポーツコードユーザーでもある元鹿島アントラーズ監督、石井正忠氏をゲストに加えて対談が行われた。(取材・文/大塚一樹、写真・三谷仁志)

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■分析ツールのグローバルスタンダード『SPORTSCODE』

当連載『The Soccer Analytics』では、これまでサッカーを分析する際の基本的な枠組みについての説明をしてきた。サッカーを分析するということは、欧州や南米、日本などの国に関わらず、また勝利を義務付けられたトップチーム、お金をかけられるビッグクラブに限らず育成年代においても有効なベーシックなものだからだ。

過去には「ノートとペンがあればできる分析」についてもご紹介したが、テクノロジーの進化に合わせて、分析のツールもデジタル化が進んでいる。

中でもその汎用性の高さからサッカーだけでなく多くのスポーツの「分析ツール」のスタンダードになっているのが米Hudl社が提供する『SPORTSCODE』だ。欧州のトップクラブの多くがゲーム分析のソフトウェアとして採用するスポーツコードは、白井氏が仕事をするオランダ代表やアヤックスでも使われている。

通常セミナーでは、「特別なソフトウェアやツールがなくてもまずは大枠、分析の枠組みを理解してもらうことが大切」という白井氏の考えから、実務以前の基本的な分析手法を紹介することが多い。

この日のセミナーには、各競技のスポーツコード愛用者、現役アナリストが多かったことからスポーツコードの運用実際など具体的な話も飛び出した。

■試合中のプレーをリアルタイムでコード化し可視化する

「今日お集まりのみなさんはサッカーの分析をどんなふうに行っていますか?」

白井氏が、セミナーの冒頭で参加者に問いかける。

「対戦相手のことを、自分なりに分析しています」
「自分の目で見た情報をもとに相手のストロングポイント、ウイークポイントと自チームのそれを比較しています」

参加者の答えに異存があるという人は少ないだろう。日本で「分析」といえば相手チームのスカウティングが主で、その手法や方法論も定まったものがあるわけではない。白井氏は参加者たちのこうした努力や工夫が「よくわかる」と共感した上で、オランダ代表でのゲーム分析とその活用法の例を話し始めた。

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ゲーム分析の実際については少し補足が必要かもしれない。欧州ではアナリストや分析担当と言われるスタッフのほとんどが、何らかのソフトウェア、スポーツコードを始めとする分析用のツールを用いてゲーム分析を行っている。

スポーツコードは、その名前の通り、プレーをコード化することによって記録するソフトウェアだ。予めプレーの種別をコードとして登録しておけば、簡単な操作で映像にコードを付与することができる。

撮影したプレー映像とタイムラインを同期でき、「20分のシュートチャンス」を選んで抽出したり「○○選手の守備機会」だけを選んで映像を呼び出すことも簡単にできる。

「オランダ代表では人手不足なので(笑)、ビデオを回しながらタブレットでプレーを入力しています」

白井氏が言うように、プレー情報を入力するのに複雑な操作は必要ない。もちろんビデオ映像から改めて詳細なコードを打ち込むことも可能だ。

■プリンシープをもとに統一基準で分析するオランダ

こうしたツールはたしかに便利だが、どんなプレーをコード化しておくのか、目の前で起きたプレーをどの基準で見るのかがより重要になる。

「オランダ代表には基準にすべきプリンシープ(原則)が定められています。ゲーム分析をする際、アナリスト、監督を含むすべてのスタッフは、このプリンシープを基準にゲームを見ます」

オランダでは、ゲーム分析の前にまず基準となる原則が示される。プレーコードもこの原則に則したものが予め設定される。見る人間、コードを入力する人間によって多少の誤差はあるだろうが、ゲーム分析をする上での明確な基準が示されている以上、そこに「自分なりの」や「自分の目で見た」と言った"主観"が入り込む余地はない。

「私は、さらにこの原則に加えて、3つのフィールドごとに目的と原則を設定して分析しています。代表チームでは原則のみで、しかもゲーム数もクラブチームほど多くはありませんが、それでも1シーズンを終える頃にはゲーム分析に基づいて『選手たちが身につけるべき原則』が80あまり出てきます。この原則は、概念やスローガンではなく、実際のフィールドでのプレーに落とし込まれていて、そのすべてが、アニメーションで選手たちに提供されます」

フリーハンドで戦術ノートに書き込みを行うより、ある一定の基準によって定められたコードを入力することで作業の簡略化と客観性の担保、共有する際の効率を高めることができる。

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■分析の枠組みが設定されていれば、試合後に試行錯誤しなくてよい

「みなさんはどうですか? 試合の後に忙しく分析していませんか? マッチデーは夜遅くまで映像編集をしているという話をよく聞きますが、私の場合は試合が終わったら映像とデータをチームのクラウドサーバーにアップロードしたらほぼその日の仕事は終わりです。監督もコーチも試合が終わったらシャワーを浴びて帰ってしまいますから、次のミーティングの準備までほぼやることはありません。選手たちはコーチングスタッフからの連絡によって、自分のプレーや見ておくべきプレーを自分のタブレットで好きなときに見ます」

ゲーム分析のソフトウェアは年々バージョンアップを重ね、よりリアルタイムに分析ができるように進化している。そのお陰で、分析の人的負担は大幅に軽減され、作業時間も短縮されている。

日本では予算やそもそもの知識の問題などで、こうした分析ソフトウェアの導入が遅々として進まないが、人力に頼る部分を効率化できれば、分析情報の精査や分析結果のトレーニングへの変換により多くの時間が割ける。

「試合後すぐに眠れるってのはすごいですね。うらやましいです」

こう話すのは、スポーツコードのユーザーでもある元鹿島アントラーズ監督、石井正忠氏。セミナーの第2部は、白井氏と石井氏のトークセッションの形で行われた。

コーチ時代からスポーツコードのソフトウェアの一種、ゲームブレーカーを使用していたという石井氏は、導入のきっかけについてこんなエピソードを語った。

「きっかけは2011年に鹿島アントラーズの監督に就任した元ブラジル代表のジョルジーニョでした。彼が『試合の合間に映像を選手に見せたい』というんです。それで当時コーチだった私が自分で探し出したのがゲームブレーカーでした」

ジョルジーニョの要望に答える形で導入したゲームブレーカーは、スポーツコードの基本機能を備えたベーシックなソフトウェア。それでも、ソフトを触ってみての石井氏の感想は、「コーチをしながらこの作業をするのは無理だ」というものだった。

「自分の中でうまく使いきれていないという思いはずっとありました。白井さんが試合後にすぐ眠れるのはすごいなと思います。お話をお聞きしていると、分析の枠組みがしっかり設定されているので、試合後に試行錯誤しなくてもいい。だから眠れるんでしょうね」

石井氏が感心していたのが、分析の枠組みを作っておくことによる恩恵の部分。作業の効率化はもちろんチームでの共有化ができれば、コーチングスタッフ間の方針の徹底が容易で、選手への情報共有もスムーズかつ理解も早い。

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■分析の目的はビデオを見せることではなく良い変化を生むこと

「自分の使い方はゲームの振り返りに使っていました。試合が終わった後に90分間を自分で見直して、選手に見せるいいプレー、悪いプレーをピックアップしていました。これは監督になってからも同じです」

ここで石井氏と白井氏のビデオの使い方で興味深い相違点があることが話題になった。石井氏は、悪かったプレー、うまく行かなかったプレーを先に見せて、問題点を考えさせてからいいプレー、うまく行ったシーンを見せるようにしているというが、白井氏のやり方はまったく逆。

「これは国民性みたいなものもあるんでしょうね。オランダ人はたとえ自分のミスでもフィールドの中では他の選手を指差して『お前のせいだ!』とやるのが当たり前なんです(笑)。自分がミスしたことを突き付けられるような映像はできるだけ見たくない。だからいいプレー、ポジティブなシーンを最初に見せて、気持ちを乗せてから、でもここは良くなかったよと指摘しないと話を聞いてくれません」

何よりも合理性を重んじるオランダ人は、まず納得させないとプレーを実行してくれない。そのためには話に耳を傾けてもらうための工夫が必要だというわけだ。

「日本人にビデオを見せるなら石井さんと同じ順番で見せるかもしれませんが、オランダ人にその順番でやったら誰もビデオルームに寄り付かなくなります。8割ポジティブなシーンで盛り上げて、2割でここの部分ができるともっと良くなるよと」

目的はビデオを見せることではなく、ゲーム分析によって選手やチームに良い変化を生むこと。ツールも重要だが、こうした運用の違いを知ることができるのが、現場で働く実務者たちならではの声だろう。

「目的や原則を設定してゲーム分析を行うこと、これは日本サッカーのためになる」

石井氏が白井氏の分析メソッドが日本サッカーの可能性をさらに広げると言及すれば白井氏も「原則が設定されていないなかで、あれだけのプレーを実行できる日本の選手たちはすごい。認知→選択→実行の認知の部分を明確な基準で鍛え、正しいプレー選択ができるようになれば、もっと良くなるはず」と、石井氏の期待を後押しした。

ゲーム分析ソフトウェアを導入し、常駐の専属アナリストをおいているJクラブのほうが少ないというのが日本サッカー界の現状だが、ソフトウェアと同時にゲーム分析の概念、枠組みを設定することの重要性がメッセージとして伝われば、各クラブでこれまで見られなかった変化が生まれる可能性もある。

白井氏のゲーム分析メソッド「The Soccer Analytics」の詳細を読む>>


■白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門アヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在はワールドコーチングスタッフとして海外選手のスカウティングを担当。また、昨年9月からは、ナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。

■石井正忠(いしい・まさただ)
2015年~2017年5月まで鹿島アントラーズの監督を務める。初年度にJリーグカップで優勝。2016年はJ1 1stステージ、Jリーグチャンピオンシップ、天皇杯で優勝に導く。同年のJリーグアウォーズで最優秀監督賞を初受賞。FIFAクラブワールドカップ2016では、日本人監督史上初の決勝進出に導いた。

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