09.14.2017
試合で起こった問題を「トレーニングで再現」し改善する方法【連載】The Soccer Analytics:第14回
欧州サッカーシーズンのオフに合わせて一時帰国中のオランダ代表U-13、U-14、U-15の専属アナリスト、白井裕之氏が、各地でセミナーを行った。今回は、7月末に千葉県の千葉県幕張のZOZOPARK(ゾゾパーク)で行われた実践指導を交えたセミナーの様子をお届けする。
「M-T-M」から「M-A-T-M」へ。白井氏の提唱する『The Soccer Analytics』では、ゲーム分析を日々のトレーニングに活かすための方法論へと進化を続けている。分析とトレーニングの方法論をつなぐ『The Soccer Analytics methodology』については、こちらの記事を参照いただきたい。
今回は、セミナー内で行われた指導実践の内容を中心に分析結果をトレーニングに落とし込む実例をご紹介する。(取材・文/大塚一樹)
■指導実践で明らかになるM-A-T-Mの実際
「まずは、今日指導実践にご協力いただくSOLTILO FCの目的と原則について確認しておきましょう」今回指導実践のモデルとなってくれたのは、本田圭佑選手の所属事務所が運営するSOLTILO FC。『The Soccer Analytics』の基本的なコンセプトのレクチャーを終えた白井さんは、指導実践に入る前の座学で参加者に示したのは、SOLTILO FCの、「戦略」と各フィールドにおける「目的」、「原則」だった。
「みなさんのクラブ、チームにはそれぞれの戦略があって、それに沿った目的と原則があると思います。今回はSOLTILO FCさんの戦略と目的、原則でゲーム分析をして、トレーニングまで落とし込んでみたいと思います」
当連載の読者ならば説明不要かと思うが、戦略はゲームメイク戦略とカウンター戦略に大きく分けられ、ゲームメイク戦略はさらにポジショナルプレーとダイレクトプレーに分けられる。自分のチームがどんな戦略を志向しているのか、さらにそれに合わせて目的と原則を設定する。これが明確でなければ、十分な分析は行えない。
分析と聞くと、初見でも「このチームはこう」「この選手は良い」または「悪い」など、外から見た評価を期待する人もいるかもしれないが、それはどちらかと言えば相手チームの「スカウティング」に近い分析手法になる。
トレーニングに活かすためには、最低でも自チームの戦略、目的、原則が設定されている必要がある。
「いまお見せしているSOLTILO FCさんの目的と原則、そして年齢カテゴリーの特徴がゲーム分析や今日行うトレーニングの基準になります」
『The Soccer Analytics』では、サッカーのフィールドを縦に3等分することも馴染みだろう。フィールド1~3、それぞれの特性を考えた上で、それぞれのフィールドの「目的」と、それを実現するための「原則」を設定する。
特定のチームの原則と目的を詳細にこのコラムで公表することはできないが、SOLTILO FCのコーチングスタッフにはあらかじめ下記に示したコンサルティングシートに書き込んでもらっている。
同じように、M-A-T-Mの最初のM(試合)の部分は、SOLTILO FCの試合映像を事前に白井さんに分析してもらうことで、トレーニングにフォーカスできるようにした。
ゲームメイク戦略、ポジショナルプレーを採用するSOLTILO FCの原則を1つ取り出して、白井さんが実際に行ったトレーニングを見てみよう。
今回は、緑色の点線の部分の改善を目標にしたトレーニングを行った。チームタスクは攻撃、チームファンクションはビルドアップ。フィールド1から2へ進む状況のトレーニングだ。このトレーニングは、SOLTILO FCのフィールド1でのビルドアップの原則のひとつである「相手チームの守備の仕方を見分ける」に基づいて行われる。
場所をサッカーのフィールドに移して行われた指導実践は、5対2から始まった。黄色のビブスを着た選手は、ビルドアップでボールを前に進め、赤の選手たちはビルドアップの方法を見分けて妨害し、ボールを奪うことを目標にする。
選手たちが慣れてきたタイミングで、白井さんは攻守それぞれ一人ずつ選手を増やし、6対3、さらに赤チームを一人増やして6対4の形でトレーニングを実施した。
このトレーニングもフィールドを3つに区切り、サッカーのフィールドを意識しながら行う。選手たちは初めのうちは戸惑った様子だったが、次第にボールを受けやすい動き、ボールを奪いやすいポジショニングをとるようになった。
白井さんが特に声掛けしていたのは、自チームの戦略と目的、原則に応じた動き方。こうしたトレーニングでは、局面に意識が行き局所で1対1が始まってしまうことも多いが、指導者または選手、もしくはその両方が、チームとしての目的、原則を設定していれば、選手個々も必然的に連動して動くようになる。
■試合で出た課題を改善するには「再現性」が重要
続くセッションも、引き続き、攻撃、ビルドアップのチームファンクションのトレーニングとなった。設定されたフィールドは3で、SOLTILO FCでは「相手陣のゴール前にボールを進めながら、シュートチャンスを作り出す」を目的、そのための原則には「サイドで1対1を作り出す」が設定されている。トレーニングは試合形式の7対7。攻撃側の黄色チームが指導対象となる。フィールド2からスタートして、フィールド3でシュートチャンスを作り出す。もちろんシュートチャンスを作れば何でもオッケーというわけではなく、選手たちは原則である「サイドで1対1を作り出す」動きを意識する。
サイドでの局面の再現性を高めるため、フィールド2のサイドは使用せず、台形のようなフィールドでプレーする。ちょっとした工夫だが、これも目的と原則にフォーカスするための方法だ。
7対7のトレーニングに、より実戦的な要素を加えるために次の段階では、赤チームを2CBの4人のDF、アンカーを加えた3人のMF、9のワントップというチームオーガニゼーションにする。攻撃側の黄色チームには中盤中央に一人選手を加え、8対9の形でトレーニングを行った。
こうしたトレーニングを行うと、サイドの選手が1対1になりそうなのに、ボールサイドへサポートしようと味方選手がマークを引き連れて寄ってきてしまい、結果的に2対2の数的同数、1対2の数的不利を作り出してしまうシーンが見受けられた。選手たちは普段の試合では目的と原則ではなく、その時の状況に応じてアドリブでプレーしているため、1対1が作れそうな局面でもサポートに行ってしまう。
「いまサポートに行くと1対1にならないよ」「どう動いたらサイドで1対1ができる?」
白井さんの呼びかけで、トレーニングの主目的を思い出したように動き直す様子が見られたが、目的と原則にフォーカスしたトレーニングを繰り返すことで、試合中に見られた「サッカーの問題」も再現され、反省材料が浮き彫りになり、改善の仕方も実地で学べるというわけだ。
■最良のトレーニングとは? 答えは自分たちの中にある!?
トレーニングセッションの時間はごく短いものだったが、白井氏のトレーニングのオーガナイズで選手たちは初めて行うトレーニングにもかかわらず、数分で目的と原則に沿った動きを試みるようになっていった。大前提として戦略と目的、原則が設定してあるチームが、その基準に基づいて試合を分析すればプレーモデルの発展とサッカーの問題の発見が容易になる。そこで見つかった課題や評価すべき点を考慮し、課題に沿ったトレーニングを適切に科すことができれば、試合後のトレーニングは濃密なものになるはずだ。
これが、白井氏が提唱する『The Soccer Analytics methodology』のM-A-T-Mのサイクルの実際ということになる。M-A-T-Mのサイクルを回すことができれば、試合後すぐに現在の自チームにとって最適で、最も効果的なトレーニングを行うことが可能になる。
今回協力いただいたSOLTILO FCのコーチングスタッフである須田敏男氏も早速チームにメソッドを導入した指導者の1人だ。須田氏は、先日開催されたU-12 ジュニアサッカー ワールドチャレンジ2017に出場したSOLTILO世界選抜の強化担当を務めた。そこで、白井氏の分析メソッドを取り入れ、チームのプレーモデルや選手選考の基準を作成。それを元に分析やトレーニングを構築し、急造チームでありながら大会5位に躍進させた。
毎日のトレーニングに頭を悩ませ、強豪チームのトレーニングを取り入れたり、ドリル集を穴があくまで見つめたりしている指導者も多いと思うが、答えは案外身近にある。自チームのプレーモデルと試合で得られた成果と課題。これに寄り添うことが、効果的なトレーニング構築の近道なのだ。
戦略、目的、原則といったプレーモデルの設定や、白井氏のゲーム分析メソッド「The Soccer Analytics」の詳細を読む>>
■白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門アヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在はワールドコーチングスタッフとして海外選手のスカウティングを担当。また、昨年9月からは、ナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。
取材・文 大塚一樹