11.19.2018
専門競技のやりすぎが体力運動能力偏りの原因に?/いわきFCアドバイザーが指摘する成長期のスポーツ問題
COACH UNITED ACADEMY、今回の講師は小俣よしのぶ氏。育成システムの研究を長年続けており、近年はいわきスポーツクラブ(いわきFC)、ドームアスリートハウスアカデミーアドバイザーとしても活動中だ。「成長期の運動スポーツ問題」をテーマにお届けした、COACH UNITED ACADEMY動画前編では、子どもたちの体力・運動能力の低下について、警鐘を鳴らした。後編では、どのようにして子どもたちの体力・運動能力を向上させていくのかを、小俣氏がアドバイザーを務めるいわきスポーツクラブの取り組みを通じてお伝えしたい。(文:鈴木智之)
遊び半分のような練習が子どもたち自らが運動したくなる環境をつくる
「ISAAに通ってくる子どもの多くは運動不足や運動が苦手、あるいはスポーツのための基礎体力運動能力を養いたいという子どももいます。ISAAで重要なのは運動体験をすることです。子ども達が進んで運動をしたくなる環境は必須で、それが運動不足の解消や体力運動能力低下と肥満の防止につながります。プログラムは特別なことをやっていません。体育の延長のような運動を子ども達が遊び半分でやる感じです」
ここでのポイントは「コーチが手取り足取り教えるのではなく、見本を見せて真似をさせること」だと言う。
「コーチが細かく教えてしまうと、その運動はできるようになりますが、その運動が他の運動へと派生していきません。さらに運動のコツやカン、さらに達成感を得ることができません。かつて子ども達の人気遊びにメンコがありました。メンコは運動体験としてもすぐれた遊びと考えることができます。メンコを投げる動きが野球などのボールを投げる運動に類似しているため、昔の子どもは、メンコ遊びを通して投動作を習得していました」
COACH UNITED ACADEMY動画では、子どもたちが芝生のグラウンドで前転や側転をしたり、走り回る姿が紹介されている。様々な動きを遊びの延長線上で習得させることで、体力運動能力に偏りがなく、満遍なく様々な運動ができるように取り組んでいるという。
「子どもたちはひとつの運動ができるようになると、楽しくなり、勝手にいろんな遊びや運動をし出します。それが運動の派生につながり能力を養成するという好循環が生まれます」
いわきFCのアンダーカテゴリーではサッカークラブであっても、サッカーだけの練習をすることはない。サッカーの専門練習は少ない週で3回ほどで、それ以外は体力運動能力の向上や語学教育などに取り組んでいる。体力運動能力向上には体育の授業で行われるような運動、いわゆる徒手体操や姿勢教育、さらにテニスや野球、ドッジボールなどのレクリエーション的な球技、さらに自体重フィジカルトレーニングやムーブメントスキルトレーニングなどを行っている。
「いまの子どもにとって"スポーツ万能"という言葉は死語です。サッカーが得意な子はサッカーだけ、あるいはサッカーのドリブルやリフティングが得意など、一定の運動やスキルは得意だったり、こなすことはできますが、それ以外の運動やスポーツはできない、苦手といった子が増えています。いわきFCではサッカーに偏らない、様々な運動体験をすることによって、体力運動能力の偏りを是正しながら、向上を図っています。それを整えて初めて、サッカーの技術やスキル習得や専門体力を身に着けるための土台ができると思っています」
外遊びで身に着けたスキルが専門分野のトレーニングにつながる
サッカースキルや専門体力を積み上げる以前に必要な、ベースとなる体力運動能力の向上。これは小学生、中学生年代のサッカー指導に携わる人にとって、避けて通ることのできないテーマである。たとえるなら、土台が小さい状態でいくら石を積み上げても、積める上限は狭まってしまう。あるいは土台が歪であったら上部構造はすぐに崩壊する。
まずは地盤をしっかり固め、平らに整地し、そして積み上げる面積を広げて、その上に上部構造を積み上げていく。そうすることで、たくさんの重い石を積み上げることができるのだ。
「子どもの頃、メンコで遊ぶことで投げ方を覚え、それが野球のボール投げに応用され、そしてテニスのスマッシュ、バレーボールのスパイクなど、様々な運動動作に派生していったという経緯があります。ひとつ運動を習得することによって、似たような動きの運動に転化していき運動とそれに伴うコツとカンの幅が広がっていくのですが、いまの子どもたちはスポーツの前段階である外遊びの時間がない中で、いきなり野球やサッカーの専門的なトレーニングをしましょうという状態になっています」
「ボールを投げられない、しっかり走れない、ジャンプができない子に、サッカーボールを蹴って、速く走るドリブルをしようと言ってもうまくできないのは当然のこと。現代の子ども達の中にはロコモティブシンドロームと呼ばれる運動機能障害があったり、体力が低下している中で、いきなり難しいテクニックや高度なスキルを教えようとしても、うまくいかないんです」
いわきFCのアンダーカテゴリーでは体育のやり直しを基礎にして体力運動能力の低下や偏りを改善したことによって全国平均以下だった体力運動能力テストの結果を、約1年かけて全国平均以上から全国トップクラスまで伸ばすことができたという。
「体力運動能力が向上しただけでなく、オーバートレーニングによるけがや障害、さらに接触や体力運動能力不足などによる偶然的なけがもなくなってきました。柔道の受け身練習も行っているので、それが功を奏していると思います。 サッカーも野球も、体力運動能力が十分に養成されていない状態で激しいフィジカルトレーニング、練習や試合を繰り返すことによって、けがや障害が増えています。体力運動能力の向上改善は体力運動能力を高めるだけでなく、けがや障害予防にもつながるので、ぜひ意識してほしいと思います」
COACH UNITED ACADEMY動画では、36種類の基本運動や自分の身体感覚やボールやバットラケットなどを巧みに操る感覚を刺激することの重要性なども紹介している。サッカーのコーチだけでなく、サッカーをする子を持つ保護者にとっても、必見の内容と言えるだろう。
小俣氏はCOACH UNITED ACADEMY読者にむけて、最後にこんなメッセージをくれた。
「子どもの時から一つの運動やスポーツに特化することは、決していいことではありません。それどころか、運動能力に偏りが出てしまう危険性があります。それが結果としてスポーツ選手としての成長可能性を制限したり、あるいは身体成長を阻害する恐れがあることを認識をした上で、改めて子どもたちのスポーツや運動について、どうすればいいかを考えてみてほしいと思います」
【講師】小俣よしのぶ/
いわきスポーツクラブ(いわきFC)、ドームアスリートハウスアカデミー、石原塾アドバイザー。筑波大学大学院修了。30年以上に及ぶスポーツトレーニング、強化育成システムの研究実績を有する。プロや社会人から成長期年代まで幅広い年代のフィジカルトレーニング指導経験を持つ一方、東独・キューバなどのスポーツ科学を中心とした育成強化システムの専門家として研究している。アカデミーアドバイザーを務めるいわきスポーツクラブの「いわきスポーツアスレチックアカデミー」では運動スキルを身につけながら体力運動能力を改善向上させるトレーニングの指導に携わっている。
取材・文 鈴木智之