09.13.2019
「居残り練習禁止」「全体練習は100分」大津高校サッカー部が実践する正しい努力の積み上げ方
熊本県大津町。人口3万4千人の小さな町に、日本サッカー界に大きな影響を与える高校がある。それが熊本県立大津高等学校だ。地方のいち公立高校ながら 、J リーガーを50名以上輩出し、巻誠一郎、土肥洋一、谷口彰悟、車屋紳太郎、植田直通と5人の日本代表が誕生している。日本サッカー界で大きな存在感を放つ、『公立高校の雄』を作り上げたのが、平岡和徳氏だ。現在は熊本県宇城市の教育長を務めており、大津高校には総監督という立場で関わっている。
その平岡氏が2019年7月に静岡県の聖光学院高校ラグビー部が主体となって開催した『部活動サミット』で講演を行った。部活動のあり方について、生徒たちの質問に答えるとともに、サッカーチームの強化、選手育成など、話題は多岐にわたった。ここでは一部を紹介し、大津高校の強さの秘密を紐解いていきたい。(文:鈴木智之)
人間は終わりを作らないと、途中を頑張れない
大津高校は熊本県にある公立高校だ。そのため、選手のスカウトは一切行なっていない。しかしながら、後に日本代表になる選手やJリーガーとなる選手など、原石が次々に集まってくる。
平岡氏によると、中学生の練習参加は自由とのことで「行列のできるラーメン屋を目指しているんです。あのラーメンを一度食べたら、それ以外は考えられない。一度、大津の練習に参加すると、大津に行きたいと感じ、あそこに行けば自分も先輩のようになれる、変われるという覚悟を決めた子どもたちが集まってきてくれています」と語る。
大津高校の全体練習は100分間。「100分トレーニング」と名付けた練習時間に集中し、全力を出し切ることが求められる。そして、練習後の居残り練習は許されない。
「人間は終わりを作らないと、途中を頑張れないんです。100分の練習を15分のセッションに分けて、ラスト5分、3分、1分と集中する力を上げていきます。集中力を高める習慣を意識することが大切で、そのコントロールをコーチがしていきます」
さらに、こう続ける。
「100分の中でパス&コントロールから入り、4対4、6対6、試合形式の練習をするなかで、『平岡先生は今日もいい練習をするな。この練習があれば大丈夫だ』と選手に思わせなければいけない。『あっという間に終わっちゃったな』という気持ちにさせて、その後に居残り練習はやらせません。100分間ですべてを出し切ることが大切だからです。個人の課題があるのなら、翌日の朝練でメニューを決めて取り組むべきです。100分練習後はシャワーを浴びて30~45分以内に夕食を摂り、勉強をするという一日の流れをプロデュースする力が重要なのです」
『もうダメだ』の先にいる、すごい自分を意識しろ!
平岡氏がよく使うのが「24時間をデザインする」という言葉だ。誰にも平等な24時間をどう有効に使うか。高校生であれば、サッカー以外にも勉強の時間、睡眠や休養も十分にとる必要がある。とはいえ、他の人と同じことをしていても抜きん出ることはできない。だからこそ、目標を的確に見据えて時間を無駄にせず、そのための行動をとる必要があるのだ。
大津高校には「一技二万回」という言葉がある。継続は力なりを表すフレーズで、諦めずにやる、できるようになるまでやるという意味が込められている。100分以外のトレーニングは朝の自主練習で、選手個々が課題と向き合い、自分でメニューを作る。朝練は強制ではないが、「朝の5時15分~30分には、すでにグラウンドに出てやっています」と平岡氏は言う。
筆者もその時間帯の朝練習を取材したことがあるが、冬場の朝日がまだ出ていない中、わずかな灯りを頼りにボールを蹴る姿が印象に残っている。
「日常生活をデザインする力が大切で、選手たちには『もうダメだ』の先にいる、すごい自分を意識しろと言っています。みんな、ダメだというところで終わってしまうんです。限界を突破する力が必要で、『もうダメだ』の先にいる、すごい自分とコミュニケーションがとれる人間になってほしい」
限界を突破するためのヒントが「主体性」
「人に言われてやるのではなく、自分から夢中になって取り組むこと。目指す夢がないと進む道もありません。夢に向かって自主的、主体的に前に進むエネルギーを作ることが大切で、本気の人間にオーラが生まれます。行動や振る舞いが変わるんです。その結果、周りが、あの選手はすごい、彼みたいになりたいと言う雰囲気ができてくるんです」
大津出身のJリーガーを振り返っても、独特のオーラがある選手が多い。平岡氏は『「もうダメだ』の先を意識できるようになると、苦しいときに笑えるようになります。残り10分で逆転を導く、すばらしいアスリートになるんです」と言葉に力を込める。
もうダメだのその先へ――。努力を積み上げた先にしか、成長はない。
「今日できないからといって諦めるのはもったいない。いまできないだけで、明日はできるようになる。それが夢の実現への第一歩です。変化しようという努力の先にしか進化はありません。毎日、課題を発見する力を磨いて、それを主体的に解決する。それを日々取り組めば、集団の成功率は上がり、チームの勝率も上がっていきます」
年中無休ならぬ、年中夢求。サッカーを通じて諦めない心を作り上げ、自主的、主体的に未来を切り開いていく。夢の実現に向けて時間を有効に使い、努力を積み重ねていく。その意識を徹底させる集団を作り上げたことが、50人以上のJリーガー、5人の日本代表選手を生んだ、大津高校の強さの秘訣なのではないだろうか。
平岡和徳(ひらおか・かずのり)/
1965年生まれ。高校時代には名門・帝京高校サッカー部の選手・主将として2度の全国制覇を果たすと、筑波大学進学後も主将として総理大臣杯準優勝や関東大学リーグ優勝などの戦績を残す。
大学卒業後は熊本商業高校を経て、1993年から大津高校へ赴任。高校サッカーを代表する強豪校に育て上げ、50名近いJリーガーを輩出。
その指導力には全国から注目が集まり学校や企業での講演もこなす。2017年4月、宇城市教育長に就任。
取材・文 鈴木智之