01.17.2019
サッカーでも社会でも"折れない人間"を育てる。大津高校の「強い節」の育て方
第97回全国高校サッカー選手権では、優勝した青森山田高校に3回戦で敗れるも、九州の強豪校として全国的に知られる「熊本県立大津高校サッカー部」。日本代表経験もあるサークル・ブルッヘ(ベルギー)の植田直通や、川崎フロンターレの谷口彰悟、車屋紳太郎など50人近いプロサッカー選手を輩出してきました。
大津高校を卒業しプロとして活躍する選手に共通するのは「個性」と「強み」がはっきりとしていること。植田は抜群の身体能力と危機察知能力。谷口は視野が広く、戦術眼に長けたクレバーな選手で足元の技術も高い。車屋はスピードとスタミナ、そして正確なプレー。
熊本という地方の公立高校で、どのように才能を見出し、強みを伸ばしていくのか、サッカー部総監督で熊本県宇城市の教育長を務める平岡和徳氏に話を聞きました。(取材・文・写真:井芹貴志)
※この記事はサカイクからの転載です。
<<大津高校サッカー部が「100分しか練習しない」5つの理由。それでも50人近いJリーガーがなぜ生まれたのか?
(グラウンドには日本代表になったOBの姿が掲げられている。彼らのプレーから生まれる感動も生徒たちの進化と成長の源になる)
勝負の世界で生き残るには『武器』が必要
平岡監督は、生徒たちが大津高で過ごす3年間で、その強み、ストロングポイントを見出して徹底的に磨き、高めることに注力しています。「漠然とサッカーをやるのではなく、『君のストロングはこれだよ』とフォーカスする。そして子どもたちに『自分の武器はこれだ』と自覚させて磨かせること。ウィークポイントに関しては、『監督から言われないように、上手くなるように自分で努力しよう』となる方が、選手にとっても気付きの量が増えます。逆に『ここがダメだ』と言われ続けたら消極的になってしまう。ストロングポイントを徹底的に磨きつつ、ウィークポイントを克服していく」
(2014年には同学年のOB6人がそれぞれの大学を経てプロ入りした)
※左から圍謙太郎(桃山学院大→FC東京)、松本大輝(法政大→ヴァンフォーレ甲府)、谷口彰悟(筑波大→川崎フロンターレ)、澤田崇(中央大→ロアッソ熊本)、坂田良太(鹿屋体育大学→栃木SC)、藤嶋栄介(福岡大→サガン鳥栖)
自分の得意な部分を認められ褒められれば、「もっと上手くなってもっと褒められたい」という欲も出てきます。ウィークポイントを克服することも大切ですが、それは段階的に高めていけばいいと、平岡監督は考えています。
「勝負の世界で生き残るには、アベレージが高いだけでなく、『武器』を身につけなければならない。それを褒められて、認められて、サッカーをもっと好きになって、もっと上手くなりたいと思える環境を作る。1年生は特にストロングポイントを意識してトレーニングに臨ませます。2年生に進級した時に少し成長が鈍ることがあります。それは『もっと上手くなりたい』という欲からウィークポイントにかける時間が増えてしまうからです。しかし本人の強みを気づかせることができれば、3年生になって一気に上がっていく」
ストロングポイントを見極めるのは、主にゲームを通じてです。
「ストロングポイントを理解できていない選手は、プレーが中途半端になります。このポジションで起用されるということは、自分の強みである縦への速さを出さなきゃいけないとか、相手のエースに粘り強くついて抑えるんだとか。使われる理由を分かっていて、それを表現できる選手は監督としても使いやすい。せっかく持っている良い部分を高められなかったり、そこを伝えても反応が鈍かったりすると、なかなかゲームでは生かせなくなってしまいます」
ストロングポイントを磨く――ハンカチの例え
平岡監督は1枚のハンカチに例えて説明してくれました。「ドリブル、ヘディング、スピード、シュートがハンカチの四隅にあるとします。ハンカチの1つの角を持ち上げても全部は持ち上がらず、周りは上がってきません。でもハンカチの真ん中をつまんで持ち上げれば、四隅が全部、上がりますよね。
『何が武器なのか』を見極めて、ストロングな部分をハンカチの真ん中に持ってくる。試合に使う理由は『このプレーがいいからだよ。お前のストロングを発揮するしかないじゃないか』と言ってハッパをかける。ただ頑張るより『自分の武器を認められて試合に出るんだから、絶対にチームに貢献してやろう』という考え方のできる人間は、社会に出てからも役に立つ人間になると思うんです」
(トレーニングの合間に選手たちに声をかける平岡監督)
複数のポジションを経験させ、折れない節をつくる
先に挙げた選手たちは複数のポジションへコンバートされた経緯があります。強みを複数のポジションで活かせるようにするためです。「ヘディングが強ければセンターフォワードもセンターバックもできた方がいい。足が速ければ2列目やサイドでプレーできれば幅が広がる。1つに絞るのではなくて、ストロングな部分を活かすために最低でも2つのポジションはできるようにする」
そうして選手個々の強みを明確にすることで、個性的で特徴のある選手が育っていくのです。彼らには在学中から日本代表になれる可能性を感じていたそうです。そうした場合、「どのポジションがふさわしく、チームに貢献できるか」という逆算をします。
「植田の場合は身体能力。いろんなスポーツを経験してきて、走る、跳ぶ、蹴る、どれもが飛び抜けている。でもボールを運ぶ、止める、これが入学した時はできなかったので、これをコントロールするのがテーマでした。最初はフォワードでしたが、そのまま育てても荒削りで終わってしまう。後ろ(DF)に下げてサッカーの本質をしっかり理解させる必要がありました」
平岡監督が「どこで使うか、いちばん迷った」のが谷口でした。それはサッカー選手としてのアベレージが、それまでに見てきた選手と比べても一段上だったからです。
「感じたのは『良い姿勢でボールを蹴る』ということ。顔が常に上がっている。アベレージが高く、どのポジションでもプレーできますが、谷口の正確なパスはゲームをコントロールする上で要になります。だったらボランチだと。フロンターレでは最終ラインに下がっていますが、タイミングのいい正確なパスは生きていますね」
(トレーニング中の平岡監督)
平岡監督はこう言います。
「適性ポジションの発見やコンバートには、監督や指導者の経験値も必要で広い世界を知っていないといけない。信頼関係や安心感があるかどうかでも変わってくる。日々直接見て、選手の特性を知っている指導者がどう視野を広げるかで、選手の将来が変わってきます」
またそうやって新たなテーマを与えることが、「良い節(ふし)を作ることになる」とも言います。
「竹と同じです。しっかりした節のある竹なら、横風が吹いても向かい風が吹いても大丈夫です。枯れることも、折れることもない、『強い節』を作るということです」
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取材・文 井芹貴志 写真 井芹貴志