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「当たり前のことを、人並み以上に、一生懸命にやる」植田直通、巻誠一郎も学んだ"凡事徹底"の教え

先日開催された第97回全国高校サッカー選手権にも出場した「熊本県立大津高校サッカー部」は、昨年のJリーグ王者・川崎フロンターレの谷口彰悟、車屋紳太郎。また日本代表経験もあるサークル・ブルッヘ(ベルギー)の植田直通や、巻誠一郎など、50名近くのJリーガーを輩出する名門校です。

有力選手をかき集めるスポーツ進学校だと追われがちなのですが、実は人口3万人ほどの小さな街の普通の公立高校でありスカウト活動も行っていません。多くのJリーガーを輩出した背景には、「職業は教師。仕事は人づくり」と自認する総監督・平岡和徳氏ならではの指導哲学やスタンスがあります。(取材・文・写真:井芹貴志)

※この記事はサカイクからの転載です。



大津高校サッカー部の

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(「職業は教師。仕事は人づくり」と自認する総監督・平岡和徳氏)

仕事は人づくり 多くのJリーガー、日本代表を輩出した小さな町の公立高校

同校に行くと、渡り廊下の壁に書かれている「凡事徹底」の文字が目に入ります。これは同校で教頭を務めた平岡氏の書で、同校のスローガン。「当たり前のことを 人並み以上に 一生懸命にやる」という意味です。

それをさらに具体的にしたものが、入部とともに配れるプリントに書かれている【大高サッカー部の目指すところ】です。

一、諦めない才能を育てるのがスポーツ最大の財産である

「サッカーの技術は、自分から変わろうと思わなければ、そう簡単には上手くなりません。見えている所でのトレーニングだけではなく、見えない所でコツコツやらないと、技術の進歩はない。自らアクションを起こし、努力を続けた先に進化がある。諦めない才能とは、進化のための努力を続けていく才能のことだと考えています」と平岡氏。

ここで磨かれる「諦めない才能」は、高校を卒業し、大学を経て社会に出ても必ず役に立つものです。サッカーを通してそうした「生きる力」を磨き、高めて欲しいという思いが根底にあります。

熊本地震の際には、部員たちは片付けや清掃、復旧作業を積極的に行うだけでなく、地元の同級生や先輩、指導者のサポートを受けながら募金活動を行いました。またサッカー部の卒業生たちも、学校の枠を越えて街頭で募金活動をしました。

「ピンチは新しいものを創るチャンスだ」という平岡氏の指導をサッカー以外の場でも実践したのです。

二、技術には人間性がストレートに現れる

「技術があっても、それを使い分ける戦術や判断力、遂行する体力、それを支えるメンタリティが必要。心・技・体はかけ算です。技術があっても心がゼロなら、かけ算をするとゼロになってしまいます。ピッチの中で起きている事象を見て、たくさんの情報を一気に取り入れないといけません」と平岡氏は言います。

平岡氏は赴任して以来、補講に引っかかったり赤点があったりする選手は、どんなに上手くても遠征などに連れて行きませんでした。

「授業で目と耳を鍛えていない生徒にいくら良いことを言っても、それは頭に残らない、ただの子守唄になってしまう」

よく見(観)て、よく聞(聴)く力は、サッカーでも欠かせない情報収集能力です。それは他者との関わりが求められる社会生活においても必要なことです。

「紙一重で勝利を引き寄せるには、日常生活から勝利の女神に認められるような行動をとらなければならない。日常的にぼーっとしている選手が、ピッチに出ていきなりすごいプレーができるなんてことはあり得ないと、私は思っているんです。」

サッカーを頑張るだけではなく、授業も当たり前に、ちゃんと臨む。寮の部屋や教室の棚を片付けることも、制服をきちんと着ることも、試合会場でバッグやシューズを整頓しておくことも同様です。

ある年には、野球部の応援に行ったサッカー部の生徒が会場周辺のゴミを拾って表彰されたことがありました。ゴミが落ちていれば拾うという行為が当たり前の習慣として普段の生活に定着しているからできたことでしょう。

「捨ててはいけない、から入るより、落ちていたら拾おうよと言う方がいい。拾うことが習慣になれば、その生徒はゴミを捨てなくなりますから、学校はすぐに綺麗になります。そういう作用・反作用を意識することも重要で、何から取りかかるかに大人のセンスが問われる。そこを見極めるのも指導者の仕事だと思います」

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三、強いチームは良いあいさつができる

「あいさつはコミュニケーションの始まり。オープン・マインドの原点」

コミュニケーションはピッチにおいても重要であり、心を開くことが指導者の言葉やアドバイス、チームメイトからの指示や要求を素直に聞くことにつながります。

前述の「目と耳を鍛える」というのも、コミュニケーション能力を高めるための土台となります。

ゲームでもボールを失わないために、「敵がきている」「こっちにパスが欲しい」といったメッセージを言葉にして発する必要があります。

「喋らない子がいたら、『お前とはサッカーしたくないよ』と言います。例えば2人で歩いていて後ろから車が近づいて来た時に、喋らない子と一緒だと、何も分からず轢かれてしまう。轢かれた後に『......先生、大丈夫ですか?』って言われても遅いじゃないですか(笑)。だから『そんなやつとは一緒に歩きたくないし、サッカーもやりたくないよ』って言うんです。ボールを失わないためにコミュニケーションが必要なのは、それと同じことなんだよと」

ボールを奪われないように全員で協力し、奪われたら全員で協力して奪い返す。そのためにコミュニケーションが欠かせません。その原点となるのが日々の「あいさつ」なのだと、平岡氏は生徒たちに説いています。

四、感動する心と、感謝の気持ちを常に持とう

「親や家族を大事にすることができる選手は必ず成長する」というのも平岡氏の持論です。

「お世話になっている人達に喜んでもらいたいという気持ちは、頑張るためのエネルギーの1つになる。伸びる子は、自分の充実感や喜びをそこに還元するんだというものを持っている」と。

「何人に対して感謝の気持ちを持てるということは、それだけ心に余裕があるということ。『ありがとう』とか『お世話になります』とか、口に出しても1秒足らずの言葉ですが、そのひと言で相手の心が変わったり、もっと言うと一生が変わることもあるかもしれない。それはピッチ上でも同じことで、『プレッシャー来てる』と言われて助かったら、『ありがとう』『サンキュー』と、当たり前のように言えるようになって欲しい。そのためには日常で習慣化するしかないわけで、保護者に送ってもらう、もらった時は『お願いします』『ありがとう』と言えるようにならないといけない。それができるようになると、成長にも加速力がつくと思います」

五、苦しいときは前進している

「本気で物事に取り組めば、必ず壁に突き当ります。つまり壁に当たったということは、前進している証拠。そういう時に周囲が多角的なサポートをして乗り越えることも重要で、選手がスランプに陥っているのであれば、『心配するな、今はエネルギーを溜め込んでいる時期で、もう少しで上手くなっている自分と会えるはずだ』と声をかけています」

これは日々のトレーニングについてだけではなく、試合を戦っているときにも言えます。

「たとえば、皆が苦しくて下を向いている時でも『大丈夫』『できる』『頑張ろうぜ』と鼓舞できる存在ならば、周りを引っ張っていくことができる。苦しい時に何ができるかというのが人間の一番大事な評価で、そういう人間になって欲しい」という平岡氏。

「指導者の仕事は、生徒たちのcan notをcanにすることです。ここまでの4つの項目を一生懸命頑張ると、やっぱり苦しいんですよ。だから、ポジティブな考えを継続させるための5つめでもあるんです」

「『もうだめだ』の先にあるすごい自分を意識しろ」「誰でもできることを、誰もできないところまでやれ」「精神力は貯金と逆。引き出し続けることで増してくる」等々、選手達に常にポジティブな声かけ、「言葉くばり」を続けることで、選手達の内面に働きかけています。

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学校全体に波及、 部活成績だけでなく、国公立大学の合格率も向上

今では、「大津高校から選手が欲しい」という大学も少なくないそうです。これまでに様々な大学へ進んだOBたちが、それぞれの進学先でそう思わせるだけの態度や存在感を示してきたからでしょう。選手としてだけでなく、主務として運営に主体的に関わったりするケースもあり、後輩たちの道を拓くことにもつながっていったのです。

また、Jリーグというプロの舞台へは進めなくても、入社した企業で主力として働いていたり、事業を興したり、地域で信頼される存在にフットサルやビーチサッカー、あるいは地域の普及活動や審判活動に活躍の場を移し、学んだこと、身につけたことを実践している卒業生も多いそうです。

こうしたサッカー部の取り組みは他の部活動の生徒たちへも好影響をもたらし、バスケットボール、吹奏楽部なども県内で好成績を収め、また国公立大学への合格率も向上したそうです。

平岡氏は、その他校のコーチの練習見学を認めノウハウをオープンするなど、熊本のサッカーの振興にも大きく貢献。その手腕を高く評価されて、2017年4月には51歳という若さで宇城市の教育長に任命。現職の教諭が就任することは極めて稀であり異例の出世と言えます。

平岡氏の育成哲学と大津高校の歩みをまとめた書籍「凡事徹底」はサッカーにとどまらず教育関係者、子育て中の父母たちにも幅広く読まれており、熊本県を中心にベストセラーとなっています。



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