TOP > コラム > 選手の人間的な成長を育むことが質の高い指導/夏季五輪メダル獲得最多国が実施するクオリティコーチング

選手の人間的な成長を育むことが質の高い指導/夏季五輪メダル獲得最多国が実施するクオリティコーチング

新型コロナウイルスの影響で止まっていたスポーツ界も、徐々に動き出した。長い自粛期間にスポーツのありかた、コーチのありかたについて、思いを馳せた人も多いのではないだろうか。

そこで『サッカー指導者のためのオンラインセミナー「COACH UNITED ACADEMY」』では、「指導の本質」に目を向けたテーマを設定し、メンタルトレーナーの伴元裕氏に出演してもらった。アメリカの大学院でスポーツ心理学を学んだ伴氏による「アメリカに学ぶ 選手を夢中にさせる"クオリティコーチング"」の理論と具体的な方法を紹介したい。(文・鈴木智之)

この内容を動画で詳しく見るには
こちらから会員登録!

ban01_01.png

次回の記事を読む >>

質の高い指導=勝ち負けではなく、選手の人間的な成長を育むこと

伴氏はスポーツ心理学の本場アメリカの、コロラド州にあるデンバー大学で学んだ。

「大学の近くにナショナルトレーニングセンターがあり、アメリカが国をあげて、どのようにメダルを取りに行っているのかを学ぶことができる環境にいました」

アメリカといえば、言わずと知れたスポーツ大国である。夏季オリンピックの歴代メダル獲得数は2522個、金メダルは1022個と、2位のソ連(総数1010個)を大きく引き離している。

ダントツの成果をあげているアメリカのオリンピック委員会が、アメリカ全土のスポーツ指導者に向けて奨励しているのが「クオリティコーチング」だ。

クオリティコーチングとは「指導者のスポーツ専門知識、対人知識、自己知識の活用により、選手の競技力、自己肯定、繋がり、人間性を育むこと」を目的としたコーチング法で、伴氏は「試合の勝ち負けではなく、選手の人間的な成長を育むことが、もっとも質の高い指導だということを示しています」と話し、次のように続ける。

「質の高い指導は、選手の人間的な成長、スポーツへの情熱、生涯を通した運動習慣、パフォーマンス向上につながり、質の低い指導はスポーツへの情熱の喪失、燃え尽き症候群、ドロップアウト、ケガにつながるといったことが、明らかになっています」

ban_01_02.png

とくに若年層においては、質の低い指導を受けた結果、そのスポーツが嫌いになったり、辞めてしまったり、過負荷によるケガで選手生命を絶たれてしまうことが起こる。これはアメリカに限らず、日本でもよく聞く話だろう。
その状況を打破するため、アメリカではクオリティコーチングに基づき、コーチング指標の「4C'sモデル」を重要視している。それが、次の項目だ。

Competence(競技力、健康)
Confidence(実力発揮、自信)
Connection(人間関係)
Character(人間性)

ban_01_03.png

「スポーツの成長というと、競技力の向上をイメージするかもしれませんが、それだけではありません。他の3つのCも一緒に伸ばしていき、包括的に人間性を育んでいくことが大切だと考えられています」

COACH UNITED ACADEMY動画では、「クオリティコーチングを可能にする3つの知識」と題し、1.スポーツ専門知識(なにを指導するのか?)。2.対人関係知識(どのように指導するのか?)。3.自己知識・理解(なぜ指導するのか?)についても言及しているので、深く知りたい人は動画を参照してほしい。

ノルウェーは、13歳まではトーナメント形式の大会を禁止している

冒頭で夏季オリンピックのメダル獲得総数歴代1位がアメリカと記したが、冬季オリンピックの1位はどの国かご存知だろうか? 答えはノルウェーだ。

伴氏はノルウェーのスポーツ指導について「スポーツへの情熱を重要視し、それを土台にして成長をうながしていくアプローチをとっています」と説明する。

では、スポーツへの情熱をベースに、どのように指導していくのだろうか? その考え方は、次の6つのフェーズで表されている。

・フェーズ1⇒競技を楽しむ

・フェーズ2⇒「こういう選手になりたい」とイメージさせる情熱の醸成

・フェーズ3⇒目標に向かって行動するプロセスの思考

・フェーズ4⇒勤勉さ、チームワーク、スポーツマンシップの獲得

・フェーズ5⇒イメージトレーニング、実際の練習を用いた競技力の向上のコミットメント

・フェーズ6⇒1~5のまとめ。本番で力を発揮するスキルの獲得。

ban_01_04.png

「フェーズ6の段階に入った時に、初めて結果を求めます。フェーズ1~5は結果以外に必要なものを習得する期間としています。そのためノルウェーでは、13歳まではトーナメント形式の大会を禁止しています。試合の勝ち負けは決めますが、勝った方が次のステージに進めるといったことはしません。それは、この年代では試合の勝ち負けが大事なのではなく、スポーツへの情熱を持ち、人間的に成長するための土台を育ませたいからです」

トーナメント形式が主流の日本スポーツ界にとって、耳の痛い話である。そもそも、フェーズ1で全国大会があると、指導者は勝たせたくなる。なぜなら全国大会があると、勝つことのメリットが出てきてしまうからだ。

「ノルウェーは子どもの人間的成長を担保するために、13歳まではトーナメント形式を止めました。アメリカは、18歳まで全国大会はありません。日本のトーナメント文化をなくすことはできないと思いますが、指導者が『勝ち負けをいかに強調しないか』に目を向けることはできると思います。勝つことだけを価値とすると、試合に勝てなかったことで、『自分の経験は良いものではなかった』と、それまでしてきたことをポジティブにとらえにくくなってしまいます。指導者は『勝つことは大切だが、それがすべてではない』というメッセージを発すること。18歳まではそれが重要だと、スポーツ大国は教えてくれています」

動画前編の最後には「クオリティコーチングの7つの基本原則」を紹介。

ban_01_05.png

質の高い指導(クオリティコーチング)とは何かを、アメリカの例を参考にお伝えしているので、ぜひご自身の指導を振り返る機会にしていただければと思う。

動画後編では、クオリティコーチングを実践するための、すぐにできる3つのアクションをお届けしたい。

次回の記事を読む >>

この内容を動画で詳しく見るには
こちらから会員登録!

【講師】伴元裕/

7年間の商社勤務後、アメリカが取り組む心理面での育成方法を学ぶため米国デンバー大学大学院にてスポーツ心理学を修了。在学中、メジャーリーグサッカーコロラドラピッズのユース向けメンタルトレーニングに従事した。現在は、中央大学客員研究員としてスポーツ指導に関する研究を行いながら、アスリートへのメンタルトレーニングやこどもたちを対象にしたスポーツを通したライフスキル教育を行っている。NPO法人Compassion代表理事。