TOP > コラム > 「難しい練習がよいとは限らない」。ドイツで危機感が高まる複雑化したトレーニングが生まれた背景と問題点

「難しい練習がよいとは限らない」。ドイツで危機感が高まる複雑化したトレーニングが生まれた背景と問題点

「サッカー指導者のためのオンラインセミナー『COACH UNITED ACADEMY』」、講師はドイツサッカー協会の公認A級ライセンスを持つ中野吉之伴氏。

現在、サッカーのトレーニングメニューに関する情報や種類は多くある。しかし、中には「複雑化」しすぎてしまっている内容も多く、選手がサッカーを楽しめない、指導者も何をどのように始めたらよいのか迷ってしまうということが、サッカー大国のドイツでは、問題視されている。

そこで今回、ドイツで長年育成年代の指導にあたる中野氏に、複雑化されたトレーニングに危機感が高まっているドイツの育成現場について解説していただいた。

前編では、複雑化トレーニングが生まれた背景と問題について。様々なトレーニングにまつわる情報がある中で、どのようなことを抑えて育成年代の選手たちの指導にあたるべきなのだろうか?

この内容を動画で詳しく見る

nakano05_01.png

次回の記事を読む >>

ドイツでは「認知能力」に関する理論やトレーニングが多く取り上げられていた

世界のサッカーは、様々な分野でハイスピード化が進んでいる。サッカー界の歴史を振り返ってみると、まず着手されたのが、身体的なハイスピード化。スポーツ生理学の基本知識をもとに、最大スピードをアップさせる取り組み、瞬発力をあげる取り組み、細かい動作の連続をスムーズにする取り組み。(文・中野 吉之伴)

育成年代からいつ、どのように、何を取り組むことが、選手個々のスピードポテンシャルをアップさせるのかが整理されていった。

だが、身体的なスピードをアップするのにも限りがある。さらにアップさせる取り組みもできないわけではないが、そこで手にしたスピードは、他とどれだけの違いを生み出すことができるものなのか。細かすぎる取り組みに要する労力を考えると、果たしてどこまで掘り下げるべきなのかを考える時期がやってくる。

「頭の回転数、判断制度。認知・判断・決断・実践スピードへのアプローチこそがこれからのポイントだ」

335754887_245458891254050_4202662362609315711_n.jpg

そんな話がドイツ国内でよく聞かれるようになったのが2014年ブラジルワールドカップ以降であり、特に18年から20年ごろは注目度が高かった。

ドイツでは毎月ドイツサッカー協会が監修しているFussballtraining(サッカートレーニング)という指導者向け雑誌があるのだが、その時期は本当に毎月のように「認知能力とは?」「認知・判断・決断力をアップするためにできること」「子どもたちから考える認知能力」というのがメインテーマに上がっていたほど。そしてそのための理論やトレーニングオーガナイズが数多く紹介されていた。

毎年夏に行われる国際コーチ会議も同様だ。ドイツサッカー協会公認A級ライセンス、プロコーチライセンス所得者を対象に、ドイツサッカー協会とドイツプロコーチ連盟の共催として3日間開催されるのが国際コーチ会議。様々なメインテーマにそった講義、トレーニングデモンストレーションが行われるなか、「認知能力」に関する講義や実技がとても多かった印象を受ける。

そうした流れがあっただけに、トレーニングだけではなく、育成年代の成長段階に応じた試合環境をさらに考察すべきだという考えが生まれるのも自然なものだったのかもしれない。

ドイツ・エアランゲン大学のマティアス・ロッホマン教授が国際コーチ会議の講義で次のような指摘をしていた。

「私はU-11までの様々な試合データの統計を取ってみた。その結果、5点以上の差がついた試合が実に全体の50%以上もあったのだ。10-0とか、時には20-0という試合結果だってある。これを聞いてみなさんは何を思うだろう?これがもたらす影響を考えたことがあるだろうか?」

333577981_540291801424209_7024878444486874803_n.jpg

『どうせ勝てないよ』と試合前からがっかりしている子どもに『あきらめなかったら勝てる!』と勇気を注入することも大切だろう。『今日も楽勝だ』と試合前からのんきにしている子どもに、『相手に対するリスペクトを忘れるな。サッカー選手である前に、人として成熟しなければならない』と戒めることは欠かせないだろう。

だがそれ以上に、彼らがもっとサッカーを楽しめる環境を作り上げることの方が大事ではないだろうか。そうした試合環境が整うことで、子どもたちは適切な負荷として「認知」「判断」「決断」「実践」のプロセスを積み重ねることができるのだから。

ドイツで幼稚園児や小学校低学年対象にミニゴール4つでの3対3を行う「フニーニョ」が導入されるようになった背景には、こうした様々な分析と議論があったのは間違いない。

nakano02_01-thumb-580xauto-4177.jpg

そうした動きがあったおかげで、一般的な街クラブレベルでも当たり前のように「子どもたちの認知能力を高めるためにできることは?」「子どもたちが認知-判断-決断しながらプレーするためには、どんな試合環境が必要だ?」ということが議論されるようになっていることは素晴らしい。

「認知能力」を上げることばかりに執着してはいけない

ただ一方で、「認知能力」への意識が強くなった傾向の先で、その意識が強くなりすぎるという弊害も指摘されつつある。特に勉強熱心な若い指導者は「認知能力をどうあげるのか」ばかりがトレーニングテーマになってしまったりする。

複雑化されたトレーニングをこなすことができることが目的化してしまったら、果たしてそれはサッカーのトレーニングとしてふさわしいものと言えるだろうか?サッカーとはそんなに小難しいスポーツなのだろうか?

335532654_570454008371146_2487188640585687381_n.jpg

よく知る若手指導者から「勉強すればするほど、やるべきことがたくさんあることを知って、何を、どのくらい、どのように取り組めばよいのかが分からなくなってきます。どのように優先順位をつけていけばいいのか迷ってばっかりです」という相談を受けることが少なくはない。

やれることには限りがある。では何をすべきかというスタート地点を忘れるとやはり迷子になってしまうのだろう。

かのヨハン・クライフは「サッカーはとてもシンプルなスポーツだ。だがシンプルにプレーすることが一番難しい」という言葉を残している。この意味を僕らはいつでもじっくりとかみしめて、そこからサッカーを考えることが大切なのではないだろうか。

nakano05_02.png

前編では、この複雑化トレーニングが生まれた背景、トレーニングや試合に求められる要素、複雑化トレーニングの例、サッカーのあり方について中野氏が解説しているので、ぜひ動画で確認してもてほしい。

次回の記事を読む >>

この内容を動画で詳しく見る

▼▼COACH UNITED ACADEMY 会員の方のログインはこちら▼▼

【講師】中野吉之伴/
武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。 2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。 SCフライブルクU-15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13の監督を務めた。現在は、SVホッホドルフU-19、U-13で監督を務めている。