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できない子に簡単なトレーニングは逆効果。運動経験が乏しい現代の子ども達に必要な育成【エコロジカル・アプローチ育成対談:第1回】

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三木氏、植田氏が薦める
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※この記事はサカイクからの転載記事です

大阪府で活動する「AC.gloria girls U15(グローリアガールズ)」の監督を務める三木利章さんは、リフティングやコーンドリブルを指導に取り入れることで個の力を高め、平日練習2回、フットサルコートという環境にも関わらず、クラブ創設6年で3度、チームを全国大会に導いています。

また、多数のOGが1年時から全国上位の強豪校で試合に出場するなど、上のカテゴリーで通用する選手を輩出。ほかにも、永長鷹虎選手(川崎→水戸)を長きに渡って指導し、プロ入りを後押しするなど、育成のスペシャリストとして知られています。

三木さんは自身のトレーニングを「せざるを得ないトレーニング」と称し、様々な制約を設けることで狙いとする現象を導き出し、個の育成へと繋げています。

昨今、指導界で話題になっている「エコロジカル・アプローチ」は「制約を操作することで、突如として現れる相転移現象こそが、運動学習である」と述べていますが、日本にエコロジカル・アプローチを紹介し、著書を出版した植田文也さんは、その三木さんが監修し、サカイクで販売するトレーニングボール「テクダマ」の愛用者。

そこで今回、「育成のスペシャリスト」三木利章さんと、「エコロジカル・アプローチ」の植田さんによる対談が実現しました

はたして、二人のスペシャリストが考える「選手育成」「技術習得に適したトレーニング」とは? 全3回に渡ってお届けします。(取材・構成 鈴木智之)

■指導経験の中で行き着いた「せざるを得ないトレーニング」

三木:植田さんが書いた「エコロジカル・アプローチ」を読んでいたので、対談できるのを楽しみにしていました。僕は「せざるを得ないトレーニング」と言っているのですが、導き出したい現象があって、そのためにゴールやコートサイズ、人数、ビブスの色などを制限したトレーニングを、昔からしています。

植田:まさにエコロジカル・アプローチの「制約主導アプローチ」ですね。三木さんは指導の経験の中で、そこに行き着いたわけですよね。私の周りにも「エコロジカル・アプローチの本に書いてあることを、昔からやっていたよ」という指導者の方は多いです。それを「理論的にも、意味のあるアプローチなんですよ」と後押しできるようになったのは、大きいのかなと思います。

三木:僕が指導している『AC.gloria girls U15(グローリアガールズ)』は女子チームなのですが、セレクションも行っておらず、平日の練習は週に2回、それもフットサルコートで練習しています。環境が恵まれていない分、工夫せざるを得ない状況なんですね。

植田:いわゆる、環境による制約ですね。

三木:しかも、WEリーグクラブのアカデミーのように、能力の高い子達が集まってくるクラブではないので、体格やスピード、運動能力では勝負にならない。では、どこで勝負するべきか。それが技術や判断といった、トレーニングで向上できる部分でした。そのためには、自由自在に動くことのできる身体創りが大事だと思ったので、身体操作の観点から、リフティングやドリブルの練習に力を入れています。

■できない子に簡単なトレーニングを与えると逆効果

植田:私は三木さんが監修した「テクダマ」を、トレーニングで活用させてもらっているのですが、エコロジカル・アプローチ的にも、すごくよくできたボールで重宝しています。エコロジカル・アプローチは、技術の習得や学習した運動を発揮するために「動作のバリエーションを高めることが有効である」という考え方なんですね。

三木:はい。

植田:例えば子どもにリフティングをさせて、あまりできないとなると「もっと簡単にしないとだめだな。まずはインステップだけを使って、10回やってみよう」という考えになりがちです。でもそうすると、動作のバリエーションが失われるので、リフティングは上達しづらくなってしまうんです。

三木:リフティングでボールを落とさない人は、動作にバリエーションがあるから落とさないわけですよね。変なところにボールが行っても、とっさにカバーができるわけで。

植田:そうなんです。リフティングが苦手な子ほど、単純なトレーニングをすると、動きのバリエーションが失われて、なかなか上達しないというマイナスのスパイラルに陥ってしまいます。インステップを使ったリフティングが10回しかできないのであれば、次に大きさや重さの違うボールでリフティングをさせたり、インサイドと織り交ぜながらやる、ボールを上げる高さに制約をつける、2人1組でやるといったように、動作のバリエーションを高めることで、自然とできるようになっていきます。

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■平日練習2回、1回約100分という限られた中での工夫

三木:うちのチームの選手は、リフティングは女子中学生の中では日本一ぐらい上手かもしれません。右足と左足で回数を変えたり、ボールの大きさを変えたり、インステップ2回、インサイド1回、立ってリフティングをして座るとか、地面をタッチしてリフティングするとか、とにかくバリエーションをたくさんやらせています。

植田:すごく良いことだと思います。

三木:うちは平日練習2回、1回約100分という限られた時間の中で、リフティングやドリブルの練習を30分近くします。それは選手が上手くなるために、必要だと思っているからです。実際、この練習量で全国大会にも出ていますし、OGも強豪校で1年生から試合に出ています。結果にも繋がっているので、間違っていないのかなと思います。

植田:エコロジカル・アプローチでは、トレーニングでしたことが、試合や本番で出る「転移」という現象を大事にしています。転移には近い転移と遠い転移があり、ドリブルやリフティングなどをしても、目の前にある、週末の試合には転移しないかもしれません。ですが、1年、2年、3年という長いスパンで見ると、転移する可能性は十分にあると考えられます。

■リフティングやコーンドリブルは運動経験を養う練習

三木:リフティングやコーンドリブルを「意味のない練習だ」という人もいます。「コーンは人間と違って動かないので、いくらコーンドリブルが上手くできても、試合では使えない」「リフティングで足技ばかり上手くなっても、試合で使えないじゃないか」という意見を目にすることもあります。

植田:そうですね。

三木:でも僕は、そもそもリフティングやコーンドリブルを技術の練習とは思っていないんです。コーンドリブルやリフティングをすることで、様々な運動を体験させることを目的としています。いまの子たちは小さい頃からサッカーだけしていて、他の遊びを経験する機会が少ないので、運動経験が乏しいです。

植田:その通りだと思います。

三木:運動経験が少なく、体を自由自在に動かすことができない子が、サッカーという足でボールを扱うスポーツをするのは、非常に難しいと思っているので、運動経験をさせながら、ボールと自分の関係を向上させるトレーニングとして、リフティングやコーンドリブルをしています。

植田:子どもの運動能力低下は世界的に進んでいて、オランダのアヤックスはサッカー以外に体操や陸上など、マルチスポーツプログラムを作っているそうです。ちなみに、アメリカのオリンピック選手の競技歴を調べると、1人あたり3種目以上取り組んでいたことがわかりました。アヤックスユースの選手は1.7種目ほどだったそうです。

三木:サッカーともう1つのスポーツをやっているか、やっていないかって感じですよね。僕が子どもの頃は公園を走り回って、サッカー以外に野球をしたり、ドッジボールをしたりと、遊びの中でいろんな運動を経験していました。

■異なる運動経験が混ざり合って、新しい動きが生まれる

植田:オランダ代表の伝説的ストライカー、マルコ・ファンバステンは、子どもの頃、プラットフォームダイビングをしていたそうです。だから体が大きくても、アクロバティックなプレーができたのではないでしょうか。運動能力を長いスパンで見たときに、異なる運動経験が混ざり合って、新しい動きとして生まれるものもあると思っています。

三木:僕が指導していた永長鷹虎(川崎→水戸)は、コンクリートと土のグラウンドと、異なる環境で練習していました。それもエコロジカル・アプローチでいう、動作のバリエーションを増やす意味で、良かったのかもしれません。

植田:そう思います。ブラジルからたくさんのタレントが出てくる背景に、ストリートサッカーが貢献しているのは間違いありません。公園やコンクリート、路上、空き地など様々な場所で、空気の抜けた柔らかいボールや小さなボール、普通のボールを使って、いろいろな年代の子が入り乱れる環境でサッカーをしていたことが、結果として、制約主導アプローチになっていたのではないかと考えられます。

三木:僕はいま中学生を教えていて、彼女たちにはリフティング、コーンドリブルが必要だからやらせています。高校女子チームにも指導に行っていますが、それも同じ理由です。ただ、必ずしもリフティングが万能だとは思っていなくて、必要な年代もあるし、必要ではない年代もあります。結局は目の前の選手に対して、何が必要かを見極めること。それこそが、指導者として大事なことだと思います。

【2回目に続く】10代無名の選手が20代でプロになる「逆転現象」はなぜ起こる?早熟のエリートが伸び悩む理由>>

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<<エコロジカル・アプローチ育成対談>>
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三木 利章/
プロサッカーコーチ。AC.gloria girls U15(大阪)で監督をつとめ、創部6年で3度の全国出場に導く。スクール主催や全国の強豪チーム、高校などでも外部コーチとして精力的に活動。 「動きづくり」をテーマに育成年代で一番大切な『個』の技術・戦術の向上を目指し、実践で生かせる個人スキルを身につける指導を行っている。

植田 文也/
サッカーコーチ(FCガレオ玉島)、スキル習得アドバイザー(南葛SCアカデミー)、スポーツ科学博士。早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にてエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、非線形ペダゴジー、ディファレンシャル・ラーニングなどの運動学習理論を学ぶ。
初の著書『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』(ソル・メディア)は、サッカーに限らず、様々な競技の指導者から大きな話題となっている。