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指導者の言葉が選手に伝わらないのはなぜか?「主観」でサッカーを語ることの弊害【連載】The Soccer Analytics:第6回

指導者の多くは自身の経験やサッカーに対する価値観など「主観」でサッカーを観て分析し、選手にフィードバックしている。選手もまた主観でサッカーを捉えているため、理解したフリはしても、それが納得感やアクションにつながることは少ない。お互いの主観は交わることはなく平行線をたどる。

オランダでアナリスト、パフォーマンスコーチとして活躍する白井裕之さんは、カテゴリーや年代を問わず多くの現場で起こっている問題の鍵を握るのが、「主観」と「客観」の違いだと言う。

選手とのコミュニケーションスピードを上げ、共通言語、共通理解を作り上げる"客観的なゲーム分析"について聞いた。(取材・文/大塚一樹)

白井裕之氏がサッカーの分析方法を映像で解説!
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あなたの言葉が選手に伝わらない理由

「サッカーとはなんですか?」こう問われたらあなたはどう答えるだろう?

「セミナーなどでもこの質問をよくさせてもらいますが、『私にとって大切なもの』『情熱です』『すべて』などなど、返ってくる答えは様々です。もちろんそのどれもが間違いではありませんが、サッカーを指導するシチュエーションに相応しい答えは、こうした言葉ではありません」

白井さんは、この問いに対する答えが多くの指導者の問題点を表していると指摘する。

「大切なもの、情熱、すべて・・・・・・このどれもが『私にとってのサッカー』をあらわす言葉ですよね。つまり『主観的』な言葉なんです」

サッカーを指導するという点にフォーカスした場合、主観でゲームを分析したり、プレーの善し悪しを判断したりするのは合理的とは言えない。

「経験やセンス、それまで築いてきた価値観でサッカーを分析する。一見正しいようですが、選手との共通理解を作り上げていく上では、客観的な見方の方が優れています」

問題点や成長度を明確にするためには主観と客観のどちらが適しているか。

「選手に問題点を説明するとき、コーチが経験や自分の価値観で話をしたらどうなるでしょう? 選手たちにはこの指摘を、『このコーチの考え』として捉えられます。違うコーチが話をすれば、また違う話。その場で『はい』とわかったふりをしていればいいという考えになるでしょう」

反対に客観的な事実をもとにした指摘ならばどうだろう。客観的な指摘は、いつ、誰が、誰に話しても同じ話になるはずだ。

「たとえば職場で上司とコミュニケーションする場合でも、主観的に指摘されるよりも、客観的に、事実や基準に照らし合わせて指摘された方が納得感ありますよね。それに事実に基づいているので、問題点の発見と改善もしやすいはずです」

サッカーの指導現場なら、冒頭の「サッカーとは何か?」という問いに対する答えがもっとも基本になる。

「サッカーはゲームです。ゲームの目的は勝つことです。ひとつのボールを使って、11人対11人の二つのチームのうち1点でも多くのゴールを奪った方が勝つ。これが"サッカー"を客観的にあらわした言葉です」

揺るぎようのない事実に基づいたサッカーの目的に沿った指導ができれば、選手は迷うことなくコーチの話を受け入れることができるはずだ。

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「欧州の育成大国に学ぶ「勝つため」のゲーム分析メソッド」より

サッカー観の前にあるもの

「再三お話ししているサッカーの構造を理解していれば、サッカーを客観的に見ることができるようになります。これをもとに選手に事実を伝えることができれば、伝わり方は自ずとこれまでとは違うものになるでしょう」

日本では「サッカー観の違い」という言葉を良く聞く。ポゼッションを志向するチームの指導者とカウンターで得点を重ねるチームの指導者の間に、決して埋まることのない大きな溝があり、多くの場合は最終的にどちらからともなく「サッカー観の違い」という絶縁状をたたきつけることになる。それでも、このふたつのチームはまったく違うゲームをしているわけではない。サッカー観の前にサッカーがあるはずだ。白井さんの指摘は、「まずサッカーを正しく理解して、サッカーの言葉で話ができるようになりましょう」というメッセージなのだ。

「サッカー観と言えば、選手にもそれぞれ主観的なサッカー観があるわけです。指導者が主観で話をすれば、選手の主観と衝突することになります。そうなると、コーチが元プロだとか、すごい指導者だとか、選手が"コーチの話を受け入れる理由"を探すことになります」

白井さんが客観的な見方の重要性を強調するのは、オランダに渡って痛切に感じた「主観的な見方の限界」にある。

「オランダの子どもたちはコーチが誰であれ納得しなければ従いません。アヤックスに来てからは、かつて羨望の眼差しで見ていた往年の元名プレイヤーたちと仕事をすることになりました。彼ら相手に日本でのアマチュア経験しかない私の経験や主観など何の役にも立ちません」

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Photo by Hans Vollebregt

白井さんはオランダで学んだ合理的なサッカーの見方にプラスして、サッカーを客観視することの重要性を強く意識するようになった。サッカーの分析は、どんなゲームを誰が分析したとしても同じ結果が得られるのが理想というわけだ。サッカー先進国、育成王国のオランダでキャリアを重ねてきた白井さんがこうした考えに辿り着いたのは必然だった。

「客観的にサッカーを分析できれば、それがサッカーである限り、国や地域、レベルや性別、年齢、プレーモデルに関係なく当てはめることができるものです。この分析方法を基準として選手との間に共通理解ができてしまえば、コミュニケーションのスピードが格段に上がり、指摘がアクションに変換されるスピードも上がります」

つまり、白井さんの提唱するゲーム分析は、サッカーの構造さえ理解できれば、指導者自身のプレー経験や指導経験は問われないことになる。さらに、どのレベル、どのカテゴリーでも同じように指導ができる。

保護者や地域のボランティアが指導者を務めることの多い、少年サッカーやグラスルーツでは、有効な指導法を求めて試行錯誤している指導者が少なくない。こうした現場にこそ客観的ゲーム分析が求められるのではないだろうか?

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
オランダの名門AFCアヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在は同クラブのワールドコーチングスタッフとして海外選手のスカウティングを担当。また、2016年9月からはオランダナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。

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