03.20.2023
小学生年代の練習はシンプルに。ドイツの指導者が考える複雑化しすぎないトレーニングの必要性と考え方
COACH UNITED ACADEMYでは、複雑化されたトレーニングが多くなっていることに危機感を持つドイツの育成現場について、ドイツで長年育成年代の指導にあたる中野吉之伴氏による解説を公開中。
前編では、複雑化トレーニングが生まれた背景と問題について解説をしていただいたが、後編では、「複雑化しすぎないトレーニング」について、どのように練習を構築するのか、認知を高めるトレーニングの例などを用いながら解説いただいた。
「複雑化トレーニング」という考え方そのものが間違っているわけではない
複雑化されたトレーニングが生まれた背景と特徴、一方で複雑化しすぎたトレーニングによる弊害について、前編ではまとめてみた。後半では具体的に現場ではどのようなことに気をつけながらトレーニングをするのが望ましいのかについて解説する。(文・中野 吉之伴)
改めて強調しておきたいことが「複雑化トレーニング」という考え方そのものが間違っているわけではない。こうしたトレーニングが必要となったのには理由があるし、確かなメリットもある。
現代サッカーでは、身体的なスピードだけではなく、思考、認知、判断、決断、実践それぞれのスピードとその精度が求められている。どんどんハイスピード化されていくサッカーに順応し、対応していくためには必要不可欠な要素なのだ。
身体的なキャパシティをアップさせるフィジカルトレーニングに加えて、脳内のキャパシティと処理・伝達速度を高めるためのアプローチは常に考慮される必要がある。
ただ、それがいきすぎて「認知・判断・決断に関する脳内キャパシティを増やし、脳内処理能力を高めること」ばかりが目的になってしまうと、果たしてそれは何のためにやっているのか?と指摘せざるをえなくなる。
サッカーをプレーするというところから取り組んでいるそれが遠ざかれば遠ざかるほど、せっかく身に着けたとしてもそれをサッカーへ戻すのに多大な時間と労力を要することになってしまう。それでは本末転倒だ。
ミニゴール4つで3対3をするフニーニョの生みの親であるホルスト・ヘルトはこんなことを話していた。
「ゲームインテリジェンスとは、脳内にあるニューロンの総数で決まるのではない。それぞれの結びつきが必要なのだ。そのためには頻繁に、正しく認識する機会を持たなければならない」
ニューロンとは、脳内にある神経細胞。人間の脳全体には、1000億個のニューロンがあると言われている。僕らがものを覚えたり考えたりという脳活動をするときに、このニューロン同士が結びつくことでネットワークが生まれ、このネットワークが太くなったり、広がりを持つことで、活動機能を高めたり、スピードアップしたり、新しい知識を蓄えたりすることができる。
活性化させるだけではなく、頭の中で何と何をどのように結びつけ、そのネットワークを太くしていく必要がある。ヘルトが主張するように「より頻繁に、正しく認識する機会」を持つことが、プレーにおける認知・判断・決断の質とスピードを高めることにつながる。
小学校年代のトレーニングは、シンプルなデザイン設計で
具体的にどんな取り組みが考えられるだろうか?前編でご紹介したように、わざとごちゃごちゃとした状況になるようなオーガナイズを設定し、その中でどのように正しい選択肢をするのかというところへの負荷を高めるというやり方もある。
ただ育成年代の、しかも小学校年代では、そもそもまだ様々なことがごちゃごちゃになっていることが多いのだから、それ以上にごちゃごちゃにする必要はない。むしろ狙いを絞れるように設定することで、自分たちが取り組むべき現象が出やすくするアプローチが求められる。
例えば、対面パス。向かい合ってパスをするというこれ以上なくシンプルなトレーニングだ。多くのチームが当たり前のようにやっているかもしれない。
でもこれをただやっているだけだと、試合に必要なスキルにはなかなかならない。試合では何も考えずにゆっくりと足元にボールを止めて、ボールを蹴り返すなんてシーンはほとんどないからだ。ボールを足元に止めるだけではなく、相手の立ち位置、味方の立ち位置に応じてボールをファーストタッチから運べるようになることが重要になる。
「足元に止めないでワンタッチ目を左右にコントロールして!」
そんなコーチングをするのもいいが、例えば向かい合った両者の間にマーカーを一つ置いて、「マーカーに当てないようにパスをしてね」というだけで、選手の取り組みは変わってくる。マーカーに当てないようにするためにどこへボールを運んだ方がいいのか、どこへ動いてパスを受けたほうがいいのか、というのを選手は見て、考えて、動かなければならないからだ。
慣れてきたら対面から4か所に選手を配置して、パスを「縦→斜め→縦→斜め」と送り、それぞれのパスコースにマーカーを一つ置いておく。パスの角度が変わればボールを運ぶ位置も変わり、次に受ける選手のもらい方も変わってくる。
しばらく実施したら逆回りにしたりもいいし、「2タッチ」という縛りを付け加えることで、よりファーストタッチのコントロールにこだわるのもいい。ただサッカーを始めたばかりの子だったら、まずは焦らずにやることを整理しながらプレーするのが望ましいだろう。
シンプルなデザイン設計で、でもサッカー要素をより実践できるようなオーガナイズ。日本の指導者講習会で似たようなメニューを実践してもらったことがあるが、大人のサッカー経験者でも最初はうまく対応できずに、結構な頻度でミスがでたりする。
複雑化しすぎで「今日は結局何をやったんだ?」となってしまうとやりすぎだが、日常的に脳内を活性化させ、正しく「認知-判断-決断」をする機会を増やしていくことは大切だ。
サッカーを楽しみながらうまくなり、賢くなる。そんなトレーニング環境を目指してほしい。
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【講師】中野吉之伴/
武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。 2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。 SCフライブルクU-15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13の監督を務めた。現在は、SVホッホドルフU-19、U-13で監督を務めている。
取材・文 中野吉之伴