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「戦術的インテンシティ」を高める統合型トレーニングとは?イタリア新世代コーチが教える最先端のサッカー

今、欧州サッカーの最前線では、サッカーというゲームを理解し分析するための枠組みや概念、ピッチの上でチームを組織し動かすための論理やボキャブラリー、そしてトレーニングが、リアルタイムで大きくアップデートされている。

この記事では、「モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー」の著者であるレナート・バルディと、同僚エミリオ・デ・レオを交えて欧州の最先端で実践されている統合型トレーニングとは何なのか?について3回に渡り解説していく。

レナート・バルディは、サンプドリア、ミラン、トリノなどの監督を歴任したシニシャ・ミハイロビッチのテクニカルスタッフとして、対戦相手の戦術分析、自チームのパフォーマンス分析を担っている現役のトップコーチだ。(文:片野道郎)

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Photo: Michio Katano

試合で起こり得る戦術的状況を再現

サッカーのプレーは「認知・判断・実行」というプロセスで成り立っているが、近年注目を集めているのは、認知と判断という「目に見えない領域」だ。戦術的ピリオダイゼーションは、メンタル的な負荷を考慮して練習メニューを組み立てているという。

片野――――― これまでレナートと様々な戦術テーマについて掘り下げてきた中で強く印象に残っているのは、現代サッカーにおけるインテンシティの高さは、単にプレーのフィジカルな(物理的な)強度や頻度だけでなく、ピッチ上で目の前の状況を読み取り、解釈し、判断し、実行する認知と反応のスピード向上にも深く関わっており、それをいかにして高めるかがトレーニングにおける大きなテーマの1つになっているという話でした。

今回は、認知、解釈、判断という「戦術的インテンシティ」を高めるという観点から、どのようなトレーニングに取り組んでいるかについて、具体的に掘り下げていければと思います。

バルディ――― 現代のフットボーラーに求められているのは、単に与えられた役割を機械的にこなすことではなく、自分の頭で考えて判断し、状況に最もふさわしい解決策を選んで実行する能力です。我われの現場では、次の試合にフォーカスしたトレーニングメニューで1週間のサイクルを構築し、それを回していくという戦術的ピリオダイゼーションのアプローチを採っているわけですが、そこで行うエクササイズは原則としてすべて、試合で起こり得る戦術的状況を再現し、その状況において最善の選択肢を選び実行するという、解釈と判断を伴う内容になっています。

エクササイズで作り出す状況は、大原則としてのゲームモデルに基づく一般的なものもあれば、次の試合に向けて準備された戦略や戦術の「予習」にあたる個別的なものもあります。そして、その前段階として、解釈と判断を助けるために、チームとして設定したゲームモデルとそれに基づくプレー原則がその状況にどのように適応し得るかを、ビデオセッションを通じて説明します。状況を解決するために有用な情報をあらかじめインプットしておくわけです。

戦術的インテンシティが高まる

片野――――― シチュエーショントレーニングそのものが、認知と判断の能力を高める上で有効なトレーニングになっているということですね。

バルディ――― ええ。プレッシングを例に取りましょう。かつてなら、1つの決まったメカニズムを想定して、まず11対0でそれを繰り返すエクササイズでオートマティズムを作り出し、それをゲーム形式のエクササイズで実際に試すという組み立てだったと思います。

今でもそうしたやり方を採っている監督はいるでしょう。我われの場合は、最初から敵味方のいる状況を用意し、敵側は相手が行う頻度が最も高いいくつかのプレーをランダムに行い、こちらはその時々でそれに的確に対応するというやり方です。その中で敵味方を入れ替えたり、選手の一部を入れ替えたりすることで全員が異なる視点から状況に関わり、そういう状況に直面した時にはどう対応すべきかという解釈と判断を助ける情報を手に入れていくわけです。

片野――――― こうしたトレーニングを繰り返すことで、具体的にはどのような能力が向上するのでしょうか?

バルディ――― まずは解釈と判断のスピード、ひいてはそのアウトプットとしてのアクションまでのスピードですね。戦術的インテンシティが高まる、と言い換えてもいいでしょう。試合の中で同じ状況に遭遇した時には、相手がどう振る舞い得るか、それに対してこちらはどう対応すればいいか、そして周囲の味方はどう対応するのかがあらかじめ予測できるので、解釈と判断に躊躇がなくなります。

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戦術的負荷のベースはインプットする情報量

片野――――― 戦術的ピリオダイゼーションでは、フィジカルだけでなくメンタル面での負荷も考慮に入れて、1週間のトレーニングメニューを構築しているんですよね。

バルディ――― フィジカルとメンタルを合わせた戦術的な負荷を、我われは3段階に分けているのですが、それで言うと月曜日は1、火曜のオフを挟んで水曜日は2、木曜日はマックスの3、金曜日は2、土曜日は1、そして日曜日の試合は当然3ということになります。

デ・レオ――― 戦術的な負荷のベースになるのは、チームに対してインプットする情報量です。しかしそれだけではなく、セッションの長さ、つまり集中力を維持すべき時間の長さや、直面する状況の複雑さ、判断すべき要素の多さといった要素も関わってきます。理論的には、今挙げたようなメンタル的な負荷を基準にして、1週間のトレーニング強度を配分します。もちろん、フィジカル的な負荷に関しても、練習時間の長さやレストの頻度、回数を調整することで一定の配慮を払います。

バルディ――― トータルの練習時間は、水曜日が70~75分。木曜日は90分、金曜日は60分、土曜日は40~45分というところですね。試合直後の週初めは、心身の疲労から認知能力が下がっているので、インプットする情報量の少ないシンプルなエクササイズでトレーニングを構成します。

最も負荷を大きくするのは、前の試合からも次の試合からも最も遠い木曜日。そこから金曜、土曜と試合に備えて負荷を落としていきます。すでにインプットしたプレー原則や戦略・戦術の反復、セットプレーのように判断よりもオートマティズムを必要とするようなエクササイズもここで行います。

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※レナート・バルディと片野道郎の共著「モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー

レナート・バルディ(Renato Baldi)
1978 年生まれ、イタリア・カンパーニア州カーバ・デ・ティレーニ出身。地元のアマチュアクラブで育成コーチとしてキャリアをスタートし、セリエB のランチャーノ、バレーゼでカルミネ・ガウティエーリ監督のスタッフとして戦術分析を担当。ミハイロビッチがサンプドリア監督に就任した際にスタッフに加わり、ミラン、そしてトリノにも帯同。チームのパフォーマンスと対戦相手の分析を担った。

エミリオ・デ・レオ(Emilio De Leo)
南イタリア・カンパーニア州サレルノに近いカーバ・デ・ティレーニ生まれ。地元のアマチュアクラブや当時3部のカベーゼ、ノチェリーノで育成コーチとして指導にあたり(06‐07シーズンにはカベーゼのU‐17を率いてセリエCのスクデットを獲得)、その傍ら独学で戦術研究を進める。2009年からマンチェスター・シティの外部スタッフとして戦術分析を担当。ミハイロビッチがイタリアでは珍しい戦術的ピリオダイゼーションを採り入れたコーチングメソッドを高く評価し、2012年のセルビア代表監督就任と同時に助監督に抜擢した。以来サンプドリア、ミラン、トリノとミハイロビッチの頭脳として行動をともにしている。