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人口は日本の8分の1。欧州の小国が世界の育成をリードしているワケ【連載】The Soccer Analytics:第2回

人口1600万は、日本の約8分の1。国土面積は約4万1000平方キロメートルで日本の約9分の1。小国であるオランダが、古くから世界トップレベルの選手を数多く輩出し続けているのはなぜか?
オランダの育成現場の真ん中に身を投じている現役コーチ・アナリスト、白井裕之さんの答えはこうだ。

「まず統一されたサッカーのビジョンがあること。国としてのプレーモデルを持っていることが一番大きいでしょうね」

国として育てるべきサッカー選手が統一されている。つまり"良い選手の基準"がある。白井さんによれば、ミランの黄金期を支えたフリット、ファンバステン、ライカールトのオランダトリオ、"アイスマン"の異名をとったベルカンプ、スナイデル、ファン・デル・ファールト、ロベンに至るまで、ポジションは違っても、ある基準に準じて評価され、育成されてきた選手たちだというのだ。

今回は、育成王国とも言われるオランダの現場を見つめる白井さんに、その成功の秘密と、近年起こっているある変化について聞いた。(取材・文/大塚一樹)

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"いい選手"にブレがない 統一されたビジョンの効果

前回お話ししたように、オランダの指導者ライセンス取得のためにはオランダサッカー協会の示す"サッカーの原則"を学ぶ必要があります。複雑そうに思えますが、実際には『ゲーム分析ができること』。端的に言えばこれが指導者として選手を教える条件になります」

最近取り上げられる「育成の充実」は、広大な練習グラウンドに最新鋭の施設、テクノロジーを活用した未来感のあるものが多く紹介されるが、白井さんが語ったオランダの育成方法は、論理的で合理主義のオランダ人らしく、とてもシンプルだ。

「『サッカーとはこういうものだよ』という共通理解がある指導者が、同じ言葉と基準で選手を評価し、継続的に育てる。ゲーム分析ができるということは、当然チームの分析も、選手の個人分析もできるということ。だから、"いい選手"を見つけて、 "いいプレー"を伸ばしてあげることができるんです」

オランダ人選手を思い出してみると、たしかにポジションごとにある種の"オランダらしさ"を放っている。

「アヤックス出身でミランやバルセロナでも活躍したクライフェルトなんて、オランダのCFはこういう技術が必要で、こんなタスクを担うというお手本のような選手ですよね。足下の柔らかさを生かしたポストプレー、中央のMF、サイドのWGとの連携、クロスに合わせるヘディング能力」

インテリジェンスと得点力。どちらが欠けてもオランダではCFを張れない。
「右利きの左WGとして大活躍したオーフェルマルスや、バックパスのルール変更とほぼ同時に出てきた元祖・足下のたしかなGKファン・デル・サール。若手ではMF、DFどこのポジションでもこなせるデイリー・ブリントなんかはお父さん(ダニー・現オランダ代表監督)もユーティリティプレイヤーでした。この辺りの選手の役割を見てもらえば、オランダのサッカーってどんなものなのかわかりますよね?」

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Photo by Crystian Cruz - [WC2010] Uruguai vs Netherlands : 7

個人主義だからこそ、チームになったときの強さがある

連載のメインテーマにもなっている"分析"を核としたオランダの育成手法は、理想とするプレーモデルから逆算した選手指導法とも言える。指導者による好みはあっても、"いい選手"の基準がブレていては、目指すべきサッカーに到達できないという考えだ。

「人口が少ない、国土が狭いというのはディスアドバンテージででもあるんですが、オランダにいるとこのオランダの規模の小ささが有利に働いている面もあると感じますね」

白井さんが所属するアヤックスの例を見るまでもなく、オランダの多くのクラブが全国規模でスカウティング網を張り巡らせている。

「少しでも光るものがある選手がいれば、まずは2週間練習に参加してもらう。どんなレベルの、どんなに小さなクラブの選手でも『とりあえず来てくれ』といって呼ぶ。国土を横断しても車で用が足りてしまうくらいですから、各地に眠っているポテンシャルを秘めた選手は見つけやすいし、その後のフォローもしやすい。目が届くサイズなんです」

オランダの狭さ。白井さんはこの環境が「選手の見つけやすさ」と「方針の浸透」を円滑にした要因だという。

「もうひとつ挙げるとするなら、オランダが極端に"個人主義の国"ということですね」

質素・合理主義・個人主義がオランダ人気質と言われるが、個人主義は「集団主義の国・日本」からやってきた白井さんには強烈だった。

「はじめはびっくりしましたよ。12歳の子どもが面と向かって『コーチの練習は、つまらないし意味がないからもう来ない』と真顔で言うんですから。でもそれがオランダでは当たり前。選手を納得させて、チームをまとめるのが本当に難しい」

サッカーが団体競技である以上、マイナス面にも見える。実際にオランダ代表はW杯で優勝候補に名前を挙げられながら、しばしば「空中分解」を起こして敗退している。

「個人主義だから個々に育っていける。『誰かのせい』『みんなの犠牲』になることがない。指導していて日本でコーチをしていたときの10倍は疲れますが、この個人主義の選手たちがチームになってまとまったときは個の力の10倍なんてもんじゃない力が出せる」

移民や帰化選手がスッと入って力を発揮できるのも、まとまりがつかないときはチームが瓦解してしまうのも「オランダらしさ」で説明がつくというわけだ。

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Photo by E. Dronkert - KNVB Zeist

育成王国オランダの危機? 打ち出される新たな施策

フランスで開かれるユーロ2016の予選敗退はオランダでは衝撃を持って迎えられた。結果はチェコ、アイスランド、トルコに次いで4位。プレイオフにすら参加することもできず本大会出場を逃す惨敗。

「優位性がなくなっている。これまであったものが失われた。オランダ国内でも『このままではやばい』という空気があります」

オランダサッカー協会はこの結果以前に危機感を抱き、改善点を見出すべく協会内にクライフをはじめ、エールディビジの名だたる指導者を招聘したグループを立ち上げていたという。

「今年の5月にその成果として12項目の方針が打ち出される予定です」

漏れ聞こえてきているところでは、オランダのサッカーと現代サッカーを徹底的に分析し、「変化に対応するための方針」が練られているのだという。

「守備のトレーニングをしないオランダ人が、守備について真剣に考えた」
白井さんが例に挙げたのは、守備の改善。
「オランダ人はほとんど守備のトレーニングをしない。だから"いいDF"の基準にも守備要素はあまり入ってこない。いま議論されているのは『では、なぜヤープ・スタムが育ったのか?』ということなんです。スタムを分析すればその答えに近づけるのでは? という」

オランダDFのエッセンスを持ちながらマンチェスター・ユナイテッド、ミランなどで強烈なFWをはね返す屈強さも持っていたスタムを分析、研究してスタム2世、現代サッカーにあったニュー・スタムを育てようというオランダは、どこまで行っても合理主義の国。

「次に出てくる方針も、サッカーの分析に基づいていることは間違いありません」

危機感を持ってオランダが取り組む改革も、その根幹に「サッカーの分析」があることには変わりない。指導者はやり方を変えるのではなく、進化した目指すべきサッカー、ブラッシュアップされたサッカーの原則に従って分析を繰り返すだけなのだ。

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白井裕之(しらい・ひろゆき)
1977年愛知県生まれ。18歳から指導者を始める。24歳のときにオランダに渡り複数のアマチュアクラブのU-15、U-17、U-19の監督を経験。2011/2012シーズンから、AFCアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ、ゲーム・ビデオ分析担当者として入団し、その後、2013/2014シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストとして活動中。UEFAチャンピオンズリーグの出場チームや各国の優勝チームが参加するUEFAユースリーグでも、その手腕を発揮し高い評価を得ている。オランダサッカー協会指導者ライセンスTrainer/coach 3,2 (UEFA C,B)を取得。

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